【つぶやき】

2017.07.24

【四国に獣医学部がいらないわけ】

 四国には獣医の大学がないので、愛媛県今治市が二千七年から獣医学部の新設を十五回も申請していたのだけれど、文部科学省は定員規制をしていて認めませんでした。

 日本獣医師会というのがでてきて、獣医学部も獣医も足りているので、新しい学校をつくったら困るというようなことを言っていましたが、なんの説得力もなくてビックリします。動物相手のお医者さんだから、話すのがヘタだというのを考慮しても、納得のいく内容ではありません。

 ほんとうに獣医が足りていて増やしたくないのなら、獣医師免許を出さなければ良いのです。毎年試験をすることはありません。

 大学は勉強する場であって、職業訓練校ではありません。勉強したら、その職業に就かなければならないこともありません。看護学校とか自動車整備学校とか理容学校とは性質がちがいます。

 安倍首相が友人を不公平に優遇したのは、イケナイことだと問題視している与太者がうるさいみたいですが、今治に獣医学部がないほうが良いというもっともな説明をきちんとしないと、なんとなくモヤモヤしたままです。

 政治は結果がすべてですから、学校をつくることに賛成なら、経過はどうだっていいんです。もちろん、脱税や不正受給をしていたり裏金を配っていたりの犯罪行為は問題外ですけれど。バカな文科省が意味もなく反対していて、かわいそうだと思うのは人情です。そんな人の心もないような人が、政治家をやっているほうがこわい。

 そういった些細な手続で、あとからガタガタ抜かすたちのわるい輩が多くなって、店でも病院でも学校でも、融通が利かなくてイライラさせられることがたくさんありませんか?

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2017.06.23

【築地ファースト】

 当然ですが、僕は小池都知事に投票していませんし、できれば彼女だけはイヤだなと思っていましたし、いまも思います。

 築地市場の豊洲移転を見直すと宣言して当選したので、公約どおり移転延期をしたのは都民の総意というか多数決なので仕方ありません。

 水質調査や施行検査をしてみれば、毒物はでてくるし予定していた土壌汚染対策の工事がされていない。仕切られたブースが狭くて使いにくいなどの、問題が発覚しました。そんなに問題があるのなら解決しなくてはと、僕でさえ思いました。

 けれどもここで、整備が整ったら移転するということなら良かったのに、移転せずに築地に残るかもしれないなんて言うから、バカみたいなことになってしまいました。これで結局豊洲に決まったら、ほんとうにただ立ち止まっていただけで、追加工事も経費も、無意味に先延ばして嵩んでしまったことになります。

 たぶん立ち止まったことで、あきらめていた移転反対派が息を吹き返してしまい、そちらにも配慮しなければならなくなって、考えたところで妙案などないのにギリギリまで答えられなかったのでしょう。

 中央卸売市場は移転するけれど、跡地を再開発して利用するなんて、お茶を濁すことになりました。市場を戻すなんて一言も言っていないのに、反対派やマスコミは勝手に一部を市場にするような妄想をして糠喜びしていて滑稽です。

 築地の再開発に、また何百億円もかかるのでは、前知事の宿泊代や食事代くらいのほうが、よほど安かった。小池さんは私的利用ではないと言うかもしれないけれど、都民のお金を無駄づかいしていることでは同罪です。

 良いことをしているつもりなのが、なお厄介です。

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2017.06.21

【理解力】

 国会では、四国に新しい獣医学部の大学をつくることを問題視して、総理大臣が圧力をかけて進めたのではないかという質問を野党はいつまでもしつこくやっていましたけれど、見ているほうはウンザリしませんでしたか?

 そもそも四国に獣医学部は必要ないなんて、あんまりな話です。そんなことを言ったら、日本にこんなにたくさん美術大学はいらないと思うし、大学自体が多すぎると思います。

 獣医学会は、もう獣医は足りているから学校もいらないと言っているようだけれど、教師だって歯医者だって美容師だってサラリーマンだって、たいてい余っているけれど毎年率業させています。美術学校を卒業したら芸術家になれるなら、そんな楽なことはないし、文学部を卒業したら文筆家や法律家にならなければいけないわけでもありません。卒業後のことは本人が決めることで、勉強したい人から勉強の場を取り上げることはありません。

 けれども、じつはそういった内容はどうでも良くて、かつて民主党政権のときには政治主導といって政府が事業を仕分けしていったにもかかわらず官僚はことごとく反発して言うことを聞かなかったのに、どうして安倍首相の一言でものごとが進むんだと恨んでいるフシが見受けられます。他人を羨むなんて、みっともなくて悲しいことだけれど、どうしても褒められることも尊敬されることもない人からすれば、妬み嫉みの対象になってしまうのかもしれません。

 本来なら与党と野党、いや、党それぞれの方針に基づいて政策、予算、法案について話し合うへぎ場なのに、たいてい個人の失敗や揚げ足とりばかりで醜い。

 説明責任なんて言うけれど、わかろうとしない人、信じない人に、なにを言っても理解しません。

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2017.05.26

【女性の意識向上】

 スポーツ界では、到底歯がたたないとわかりきっている男子とは当たらないように、ほとんどの競技で別枠をつくって、女子選手が圧倒的に優遇されていますが、男女平等を唱えている現代で、チャンスも与えられないなんて良いのでしょうか。

 例えばテニスの女王といえど、男子選手の百位にも入れないと言いますし、そもそも五セット戦えないと思われています。吉田沙保里や田村亮子がどんなに強くても、代表にさえなれません。

 さすがに格闘技を混合にするのは無理だとしても、球技や競争は一緒にしても良いのではないかと、僕は常常思っています。女子選手どころか女性運動家やフェミニストでさえ、思っていないようですが。

 茶道といえば、抹茶を飲んだことがない人でも知っている千利休。古田織部や川上不白、田中仙樵にしても茶人はみな男で、元元上流社会の男の趣味でした。しかし近代では庶民に広まり、いまでは女性の習いごとになって、逆に男子は貴重です。貴重なものは茶碗でも絵画でもだいじにされるもので、男子の門弟はかなりチヤホヤされます。

 もちろん流儀全体では男子も数多くいますし、家元には師範級の方方が稽古に行きますが、うちの社中には僕が唯一の男子で、大寄の交流茶会などで席を持つと、幹部や役員しいった偉い人が来る度に点前をやらされます。特にうまいわけでも、ベテランでもイケメンでもないのに、ただ男子というだけで自慢になるみたいです。

 女性がこれに対抗するには、男性の二倍も三倍も上手で流麗で美しくて、やっと同等くらいの扱いになります。女性にとってはキビシイ状況ですね。

 しかし、甘やかされると成長しないのは子供も大人も同様ですから、煽てに乗ったり持ち上げられたりしないで、男は精進しないといけません。

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2017.05.08

【トラムだと?】

 東京で唯一の路面電車、都電荒川線の名称がオリンピックを見据えて「東京さくらトラム」に変わったと聞き、ビックリすると同時にガッカリしています。

 僕は世田谷区太子堂の生まれ育ちで、いまは北区赤羽に住んでいるので、もともとは世田谷線のそばで育ち、こんどは荒川線が近くにあるという、チンチン電車に縁のある人生を送っています。

 世の中には世田谷線を路面電車だと思っている人が少なからずいるようですが、道路を車と併走するところは一箇所もありません。かつては渋谷から二子玉川と、三軒茶屋で分かれて下高井戸へ行っていた線の玉川通り部分が地下鉄新玉川線になって、路面じゃないほうだけが現在地上を走っています。

 路面っぽいのは、環状七号線を横切るところだけが、踏切ではなく信号機になっていて、道路が青信号のときは、となりの歩行者と一緒に信号待ちをします。

 一方、荒川線のほうはだいぶ路面で、路面駅もありますし、大塚や飛鳥山の辺りでは、けっこう強引に車を横切って行きます。

 思い返すと、札幌、函館、豊橋、京都、熊本、サンフランシスコと、まあまあ路面電車に乗っています。世田谷線的な江ノ電にも乗ったので、修学旅行で広島へ行ったときにも乗っておけば良かったと、マニアではないので当時は気づかなかったものの今更ながらに悔やみます。

 そんな、現役でノスタルジックな路面電車に「東京さくらトラム」なんてセンスのカケラもないバカな名前をつけるなんて、愚か過ぎます。豊洲にしても国立競技場にしてもバカですけれど、これは「E電」くらいバカです。都民ファーストじゃなかったんですか? 「TO―DEN」で良いです。

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2017.04.26

【人事】

 悲惨な事件や事故、生い立ちなどを聞くと、悲しい思いになりながらも「自分じゃなくて良かった」と、少しほっとした気持ちにもなっているものです。可哀相だと思うのは、自身に降りかかっていない、人ごとで片づけているからかもしれません。

 地震で家がつぶれたり、醜女に金をだまし取られたり、難病で苦しんでいたりするのを、テレビや活字やネットやウワサで知っても、あまりピンとこなくて、なんとなく自分はだいじょうぶ、安全だと思いこんでいて、親身になれなかったり危機感を抱けなかったりします。

 公明正大にミサイルを撃ちこむ気が満満だと言っているのに、なぜか自分のところには飛んでこないのではないかと高を括って、アメリカや中国がなんとかしてくれるだろうと考えているのか、キチガイの戯言で真逆実行したりはしないだろうと思っているのか、自分も巻きこまれているという感覚が多くの日本人にはありません。

 東北の大地震で家や家族が流されたり、原子力発電所の放射能漏れで住めなくなったりして、いまも避難している人や悲しみに暮れている人だっているというのに「あっちのほうだったから良かった」(今村雅弘復興大臣)なんて笑って言えるのも、自分には関係ないからです。

 たぶん、お金を出すほうの本音なのでしょうけれど、人を集めてテレビカメラの前で言うことではありません。しかも、復興大臣は被災地の立場に立って予算を引き出したり、対策を立てるべきです。町内会の会計報告かのように、事務的に死者・行方不明者数や費用を発表している時点で、嫌悪感しかありませんでしたが。

 大臣として不適格なのではなくて、国会議員としても、いや、人として失格です。

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2017.04.12

【ヤクブツヤメロ】

「ヤクブーツはやめろ」とか「覚醒剤やめますか? それとも人間やめますか?」なんて言われても、やめられないのが薬物なのですが、やったことがない人は、平気で簡単に無理を言います。

 薬物にかぎらず、酒もタバコも賭博も浮気も買い物も遅刻も、やめられない人はやめられません。どれも、どこかで反省しないと身を持ち崩します。本人が体をこわして臥せる程度ならましですが、信用も財産も仕事も家族も友人も失いかねないので、そうとうの覚悟や注意が必要です。

 不貞行為は裁判で負けますが、飲酒や喫煙、公営競技やパチンコに富くじ、遅刻などは、社会的にも法的にも、たいへん大目に見られています。

 アルコールやギャンブルで依存症になるまでには、少少時間がかかるので、それまでに思いとどまって引き返しても来られますし、意志が強ければ趣味や娯楽にすることもできます。

 しかし、覚醒剤などの薬物はすぐに中毒になります。それだけインパクトが強く、心地好く、効き目があるのでしょう。それでも市販当初は抑制した使い方をしていたようですが、戦後に軍事用のあまりが大量に出回ってブームになったみたいです。売っていれば買いますし、持っていれば使います。ミサイルだって原発だって、手に入れば使います。使い方がわるいと事件や事故が起きるのはあたりまえ。かといって、売れるものはつくりたい。

「たべられません」「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります」「一歳未満の乳児には与えないでください」「当たると死にます」「放射能漏れの恐れがあります」無責任で、鬱陶しい表示だらけ。余計なお世話です。

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2017.03.17

【法律と道徳】

 副流煙による受動喫煙の健康被害を問題にして、学校や飲食店を禁煙にする法律をつくるか議論しているようです。

 法律で規正しないとキチンとできない行儀の悪い人が、喫煙者には多いということです。あたりまえですが、家で吸って家族が癌になっても、乳児が突然死しても、子供がバカになってもかまいません。けれども、わざわざバルコニーに出てきたり道を歩きながらとか、まわりに子供や食事をしている人がいるのに喫煙するというのは、頭がわるいんです。

 しかし、そもそもなにが迷惑かといったら、健康被害以前に、クサイんです。クサイのは害です。香水のつけすぎも、口臭の無頓着も、浮浪者の不潔さともおなじように、タバコの煙も喫煙者の服のニオイも不快でなりません。

 焼鳥や焼肉や鰻は料理が焼けたおいしい煙ですが、タバコは紙や葉がくすぶっているマズイ煙なので、気をつけてほしいけれど。そんな神経は、持ち合わせていません。

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2017.03.15

【脳と心】

 日本のお笑い番組はオワコンだと言って、脳科学者の茂木健一郎が世間から総スカンを食らっていますけれど。そもそも頭の良い人はハナから相手にしていませんから、やっている人も見ている人も、ぜんぜん気にしていません。無視せずにネタにする程度です。

 僕は茂木氏の言動や主張に、ナルホドと思ったことは一度もないし、テレビに出はじめたころの「アハ体験」なる遊びも、ちっともおもしろくないうえに、まったくアハな感覚もありませんでした。小学生のなぞなぞやパズルやまちがいさがし以下の出来でした。

 学者の考えることがそのまま通用することは希で、たいていは頭の良い人が応用することで実生活に役立ちます。

 茂木氏自身も「脳と心」と言っているのに、その二つを切り離して考えることができないようです。喜怒哀楽は、脳が反応しているとでも思っているのでしょうか。

 勉強ができるだけじゃ、ダメですね。

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2017.03.13

【忘れてあげる】

 毎年三月十一日になると、あの大惨事を忘れさせないようにしているのか思いださせようとしているのか、東北大震災の番組や記事が盛大にたれ流されます。

 いまも避難している人がいて、大切な人やものをなくした人たちを支援することは、まだ必要です。

 しかし、地震や津波の恐怖を毎年毎年呼び起こす必要があるでしょうか。避難所で津波や家屋倒壊の恐怖がトラウマになって精神科にかかる子供がたくさんいました。思いだしたくなくても思いだし、忘れたくても忘れられない体験に心を病んだ子供や、疎開先で放射能汚染だとイジメられる子供たちに、いつまでも怯えて暮らせというのでしょうか。

 八月の記念日は、自分たちで招いたことなので何度でも悔やめば良いけれど、天災の被害者に非はないのだから、忘れても良いのではないでしょうか。

 前へ進むためにも。

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