【つぶやき】

2018.04.13

【案件案件】

 たいていの国民はだいぶ前からウンザリしている加計学園問題で「首相案件」と書かれた文書があるという記事が出て、首相の関与を決定づけるものだと躍起になっている慌て者が騒いでいますが、どうもウサンクサイ。

 二千十五年四月に学校側と内閣側との面会で、柳瀬首相秘書官が「本件は、首相案件」と発言した記録だというのだけれど。あまり信憑性はありません。愛媛県知事は、担当職員の備忘録だと説明していますが、果たして当時書いたものかは怪しいものです。備忘録なんて、面倒で仰仰しい言い方を最近はしますが、ただのメモのことですから他人は見ません。

 さらに「○○案件」なんて、若い人が得意になって言いだしたのは、ここ一二年のことで、ふつうは「~の案件」と使うし、重要案件や優先案件はあっても案件名に案件をつけたりしませんし、そもそも「案件」なんて口に出してあまり言いません。永田町や霞が関では言うのかしら。「○○の件について」とか「首相提言」「首相発信」なら言うかもしれないし「加計学園案件」ならまだわかりますが「首相案件」だと、もう首相の案件なのでそちらは手を引いてくださいと言われているのかと思いませんか。

 だから、三年前にはすでに若くないオジサン秘書官が「首相案件」なんて言うとは、到底思えません。不自然です。もし本当に言ったとしたら、それが「○○案件」の元祖だと思います。なかなか若者にピンとくる言葉のセンスをしていることになります。

 でなけれは、あとから書いたものなのでしょう。

 朝日新聞は捏造記事の前科がありますから、そのくらいのことはやりそうです。備忘録は公文書でも、書類とも言えないようなものなので偽造したって財務省のようには責められないでしょうから官僚の文書管理の杜撰さにつけこんだヤラセに見えます。

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2018.02.19

【作文】

 電子メールにブログ、ソーシャルネットワークと、猫も杓子も文章を書くようになった昨今ですが、果たして文章がうまくなっているかといえば、あまり上手な人に出会ったことはなく、どちらかというとヘタで誤解することも増えている感触があります。

 手紙を書くのは面倒臭くて廃れたけれど、携帯機器で長文を打つのも煩わしいのでメールやLINEでは端折って短くしてしまい、細かなニュアンスが伝わりづらくなりがちです。ヘミングウェイや志賀直哉がしたような、文章を削ってスリムにする作業とはぜんぜんちがって、ただ時間短縮、思考放棄をしているだけなので、不十分すぎて困ります。

 仕事の指示や御上の命令なら、意味さえわかれば済むことかもしれません。逆に、詳細ではなく情緒や個性や思いやりなんて、ないほうがありがたい。

 けれども、友だち同士の会話でぶっきらぼうな物言いをされるのは、あまり気分の良いものではありません。それが手紙やメールでも、やはり良い印象は受けません。

 印象というのは中身の良し悪し思いの軽重以上にだいじなことがあって、直接の会話でも言葉づかいが悪ければ正しい発言であろうと受け入れられないことがしばしばあります。表情が見えない電話では、より言い方が大切になり、声音もわからない文章になれば、さらに丁寧で親切な作文が必要になるはずです。慇懃過ぎても距離を感じるので、適当なバランスを保つのは経験でしょうか素質でしょうか。

 しかし、上手にしゃべることもむつかしいけれど、書くことはもっと訓練がいります。なのに国語の授業では漢字と読解ばかり教えて、作文や文章表現なんて二の次で、教えられる先生もいないせいで、生徒の向上心も湧きません。

「国語」は「日本語」ではないみたいですけれど。

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2018.02.15

【真意が伝わらない】

 ラジオを聞いていたら、ゲストのミュージシャンがコンサートの演奏や演出で気をつけていることや工夫しているところを話していました。

 なるほどライブはCDやTVで聞くのとはちがって、音だけではなく目から入る刺激も、その場でしか味わえない空気感、雰囲気も大切なのだなと、ファンをたのしませる心づかいに感心していたら、パーソナリティー女性が「こだわっているんですね」と言いました。僕はハッとして、まさかインタビューをしている人が面と向かってそんなヒドイことを言うとは思いもよらなかったので驚愕しました。

 さぞ険悪なムードになってしまうのだろうと、恐ろしさと半ば期待をこめてドキドキしながら聞いていたのですが、その後も和やかに話はつづきました。

 そして気づいたのですが「こだわる」って悪口ですよね。それを、言ったほうも言われたほうも悪くとらえていないどころか、良いことのように使っている様子でした。

 言葉の使い方が、時代や世の中の動きに応じて変化することは仕方ないことだと思います。

 けれども、意味や内容を正反対に使われると、これはひじょうに困ります。話の意図が通じません。

 たとえば「彼は憮然としていた」はショボクレていることですが、濁音の語感からか憤慨しているようにとる人がいます。「初老の紳士」を白髪のおじいさんだと思う人がいます。「地中海風料理」は地中海料理ではありませんという意味で「風」をつけているように、老人ではありませんから「初」ってつけているのです。地中海料理なんてジャンルがすでに意味不明ですけれど。

 普段の会話や子供が言葉づかいをまちがえても正せば良いし拘ることもないのだけれど、放送や活字での誤りは、拘泥します。

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2018.02.10

【辞書の役割】

 岩波書店の中型辞典「広辞苑」が十年ぶりの改訂版を発売して話題になりました。

 広辞苑は、国語辞典に百科事典的要素を加えて、市場占有率と杜撰な解説で有名です。

 今回は新たに一万語を追加したことを目玉にしているようで「日本語として定着した語、または定着すると考えられる言葉を厳選」したそうですが、辞書としての方向性がまちがっている気もします。

 辞書を引くときって、どんなときですか?

 わからないことがあるときや、わかっているつもりでも自信がないときに、不安で調べるのではないでしょうか。と、すると日本語として定着した言葉よりも、ある時期使われていたけれど現在は使わなくなった言葉が載っているほうが便利なのではないでしょうか。

 いまも使う言葉は誰かに聞けばわかりそうなものだけれど、消えてしまった言葉はなかなか知っている人に辿り着かないことが多いものです。そんなときに役に立つのが専門家や辞書です。現代人は使わない言葉でも、本や映画や芸能など、記されたものからは消えません。そして後世のひとも、それらを目にします。

 たとえば「万天伊加」は新明解や明鏡の小型辞書にはありませんが、広辞苑や大辞林にはあります。

 落語のガマの油の口上で「テレメンテイカ、マンテイカ」という節があって、語呂が良くて耳につきます。もとはポルトガル語で、豚の脂。江戸時代、膏薬に使われていました。ほかで聞くことがないにしても、ぜんぜん調べられないと困ります。

 ちなみにテレメンテイカもポルトガル語です。英語でターペンタイン。松精油のことです。僕らは油絵の溶剤に使いますが、現在も塗薬の材料によく使われている、テレピン油のことです。

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2017.11.28

【二人で独り】

 たとえ毎日電車に乗ることがなくても、車内で泣いていたり大声でわけのわからないことを叫んでいる赤ちゃんにでくわしたことは、誰にも何度もあるでしょう。抱っこされていたり、ベビーカーに乗せられていたり、袋に詰めこまれていたり、子供が連れられている状態は様様ですが、一様にグズっていることに変わりありません。

 子供がグズるのは、よくあることです。「赤ちゃんは泣くのが仕事」なんて自分に言い聞かせないとやってらんない人もいるみたいですけれど、まあ泣くことはあります。実際には、笑っていることや眠っていることのほうが、ずっと多いのですが、イヤなことってなかなか忘れられないものなので、しょっちゅう泣いているような気になってしまう人がいるのかもしれません。

 自分の子供が泣いているのさえイヤなのに、他人の子供だったらなおさらイヤでしょうね。

 ふつうは自分の子の泣き声がイヤだとは感じないけれど、赤ちゃんが泣いている理由は完全にはわからないから困ります。それが余所の子だったら、もっとわからなくて、もっと困ります。

 でも、親ならだいたい我が子をあやして泣きやませられます。ですが、中にはできない親が稀にいます。やらないだけだと指摘したい気持ちもわかりますが、やろうと思わないのだから仕方ない。「やればできる」は、やった人にだけ当てはまる言葉。やらない人は、やってもできないのと同じことです。

 いつか、子供を泣かせっぱなしにしている親を見てみてください。たぶん、腕の中の子供の顔をちっもみませんから。少しも誰とも目を合わせませんから。たいてい無表情ですましています。泣き声も視線も気にもとめず意に介さず。親も子も、孤独にどっぷり侵されていて、匙を投げるしかありません。

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2017.11.22

【ボコボコ暴行】

 大相撲の横綱日馬富士が親睦飲み会で後輩力士に腹をたててボコボコにしたら、頭蓋骨の底が折れていて、暴行事件にまで発展する不祥事が起きました。

 発覚当初はビール瓶で殴ったという報道がされましたが、警察の事情聴取や後の取材では、殴った日馬富士本人も、同席した白鵬関も「ビール瓶では殴っていない」と証言しています。

 たまにこういうポイントがズレた報道や発言をする人がいるけれど、なにが大切か、どこが重要かなんて、ほとんどの人が見誤ります。

 ビール瓶でなければ頭蓋骨折するほど人を殴っても、許されるとでもいうのでしょうか。

 例えばこれが試合だとか喧嘩や果し合いなら、一方が素手なのにもう一方が凶器を使ったら、武器は反則だと卑怯者扱いされるでしょうけれど、反撃もできない立場の後輩を一方的に殴ったら、ビール瓶だろうとペットボトルだろうと素手だろうとダメです。骨折させようがさせまいが、ダメです。相撲取だから骨折ですんだものの、ふつうの人なら首の骨が折れて死んでいるところです。

 運動選手に過度な人間性を求めるのは無駄で無意味なことだと、誰もが知っているはずなのに、キツイ練習に耐えてきたというそれだけのことで、人格も立派に磨かれたのではないかと錯覚して期待してしまいがちです。そんなわけないのに。学者だって職人だって懸命に勉強しますが、スキルとキャラはぜんぜん別です。

 それはそうと、ビール瓶にこだわるのは核兵器廃絶運動みたいでバカバカしい。核を積んでいなければ、ミサイルを撃っても良いのでしょうか。「戦争反対」なんて幼稚な夢物語だから、せめて核だけでもという、あきらめでしょうか。

 人を負かすのって、そんなにたのしいですか?

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2017.10.27

【ケチだから、ムダだから】

 図書館での、文庫本の貸し出しをやめてください、という文藝春秋の社長の訴えが話題になっています。文庫くらいは借りずに買ってくださいというお願いです。

 僕はモノも金も人手も、借りるのも貸すのも好きではないので、高価なものや希少なものを借りるのは仕方ないけれど、廉価で大量にあるものをワザワザ借りる感覚は理解できません。

 文藝春秋では、文庫本の収益は全体の三割を占める「週刊文春」などの雑誌も上回る最大事業なんだそうです。これが年年減少していて、出版社にとっては死活問題で、作家にとっては深刻な事態です。

 電車の中で、たまに図書館の本を読んでいる人を見かけることがありますが、文庫どころかハードカバーだったりします。本は内容が最大の価値ですが、ハードカバーを持ち歩いて屋外で読むなんて、どういう育てられ方をしたのか不憫に思います。日本人は安価な文庫本にさえカバーをかけて販売していて、さらにその上に書店や個人でカバーを二重にして、だいじに大切にする国民性なのに、自分のものでもない本をそんなに雑に扱うなんて信じられません。

 きっと鞄の中でおしろいが爆発して粉まみれになっても、ポテトチップスの油指でページをめくっても、濡れても折れても破れても一向気にしないのでしょう。服装や持ち物や顔つきからも察せられます。

 スマホをいじるよりマシかもしれないけれど、せっかく読書したところで、感動することもないし、心になにかが残ったりもしないので、暇つぶしのゲームアプリと同様で役にたたないものに身銭を切りたくないのです。

 そんな、形だけ読書を真似しているようなケチな人は、貸してもらえなくなってもどうせ買わないだろうから、そもそもお客さんではないでしょう。

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2017.10.20

【希望を叶えない】

「希望の党」と聞くと、五十前後の男子はだいたい「死亡の塔」を思い浮かべるか聞きまちがえます。

 これは香港の映画俳優ブルース・リーの死後七年も経ってから公開されたブルース・リー映画ですが、もちろん死んだ人の撮影ができるわけはなく、冒頭で古い映像を少し使っているだけで、実際の主演はブルースの吹き替え俳優のタン・ロンです。アクション場面はユン・ピョウがやっているようでそれなりですが、ブルース・リーを看板にするにはあまりにも無理があるため、たいていはブルース映画とは見なしていません。

 しかも内容もイマイチどころかメチャクチャなので、一定のダメ評価がされています。

 突然の解散総選挙で、降って湧いたような「希望の党」は、小池百合子さんが看板になってできました。けれども、東京都知事になって都民ファーストの会をつくって議席を稼ぎましたが、一年以上経過して特にこれといった成果もだせず、会の活動も公表せずに、都民からはすでにそっぽを向かれているので、政治家としては死んだも同然なので、まるっきり「死亡の塔」同様に中身はメチャクチャで、常識的な人からはダメ評価がされています。

 立候補していないので知事をやめなくても良くて、さらに選挙活動も好きなだけできるというのは、どういった了見なのでしょうか。その間は仕事を休んでいるのでしょうけれど、知事の仕事ってそんなに楽なものなのでしょうか。前知事なんて、別荘や家族旅行にまで持ち帰ってやらないと間に合わないくらいだったみたいですけれど。

「希望のある国」みたいなことを言っていたけれど、希望があるということは実現していないということなので、政治家が言ってちゃだめです。政治家は、実行してくれるのがいちばんです。

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2017.09.20

【自分で洗いなさい】

 先日ラジオを聞いていたら、アナウンサーが聴取者からのメールを読んでいるときに「心があらわれる」と言ったのに違和感を覚えました。

 これが、藤田ニコルだとか滝沢カレンが言ったのなら、特に気にしないのですが、アナウンサー、それもNHKのアナウンサーのイントネーションがおかしいと、とても気になります。アナウンサーといっても地方出身者も多いので、どうしても訛があって標準的な東京の発音にならないのは仕方ないことだし、共通語と東京弁にもだいぶちがいがあるのでしょう。

 けれども、箸と橋と端のように抑揚のちがいで言い分けて聞き分けている言葉は、なるべく使い分けてほしいものです。

「心が洗われる」と聞こえたので、不審に思ったのです。メールに「洗われる」と漢字で書いてあったのかもしれないけれど。もしや、心は洗われることがあるのかと父親に尋ねたら、洗われてキレイになるという意味だと躊躇なく説明されました。

 たぶん、みなさんの持っている辞書には「心が現れる」は出ているかもしれません。「~洗われる」のほうは、なかなか出ていないでしょう。洗ってキレイになるというのも悪くない表現かもしれないけれど、現れるは、本来の素直で飾らない心の中が示されるという意味なので、こちらのほうが美しい。キレイなのと美しいのはちがいます。

 父親の世代でこんな新語をつくっているのだから、いまでも「マギャク」とか「ウザイ」とか新しい言葉ができてもヘンではないのですが、無知で変わってしまうのではなくて、センスの良い言葉をつくりだしてほしいものです。やっぱり、ゴシゴシ洗われるなんてゴメンです。

 でも、たまに命は洗濯しますけれど。

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2017.09.18

【仲間はずれになりそう】

 国連の追加制裁が採択されたことに、すぐに反応したように北朝鮮が弾道ミサイルを打ち上げて北海道の上空を横切ったために、その日のテレビは一日中おなじ話題で盛り上がっていました。

 Jアラートという、瞬時に警報を流すシステムがあるらしくて、ミサイルが日本の方向に発射されるとすぐに鳴らしちゃうみたいで、見えないし聞こえないくらいの高度を通過するミサイルなんかで鳴らすなという不満もでているそうです。

 文句なんて、もちろんミサイル着弾点が日本から遠く離れた太平洋上で、何事もなかったから言えることで、もし日本に撃ちこまれていたり、失敗して墜落したり、途中で爆発して破片が落下してきたりしたら大ごとです。逆に「警報や情報が遅い」くらいの文句を言いそうです。文句を言うヤツは何にでも言うものだから、政府のやることなんかは恰好の餌食なのでしょう。

 もっとも政府も再三の挑発行為に今回は抗議をして「最も強い言葉で断固非難した」そうです。こんなときこそ、例の豊田真由子議員の出番で、

「このデブー! そんなつもりはないんですぅ~♪」

と、暴言の数数を駆使してもらって、電話越しにでもケリの一発くらい入れてもらいたいものです。才能の見せどころで活躍のチャンスだったのに、入院してテレビで言訳している場合ではありません。

 せめて「ふざけた髪型しやがって」くらいのことは言ってくれたのでしょうか。

 他人のことを羨んで不満をぶつけたり、相手を負かすことで自分が上位にいるように錯覚したり、存在をアピールしたいなんて、家族にかまってもらえない淋しい子供のような行動ですが、忘れられたくないし、本当に怒らせたくもない。

 でも、とっくに嫌われていますけれど。

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