【つぶやき】

2018.12.09

【東京かトーキョーか】

 東京、山手線の品川と田町の間にできる新しい駅の名前が「高輪ゲートウェイ」に決まりました。
 
 僕は、ちっとも良いとは思いませんでした。センスないなァ、どうせまた年寄りが考えたんだろうなとさえ思います。
 まずイヤだと思うのは「ゲートウェイ」の「ウェイ」です。言いづらい。表記どおり「うぇい」と言うのか「うえい」と言うのか「うええ」と言うのか迷います。原語を発音するなら「げいとうぇい」とGATEWAYの二つの「A」を二つとも「えい」と言う感じです。
 
 ところが、この「A」を「えい」と言うのが日本人は苦手です。だいたいは「ええ」と言うでしょうし、「エー」と書きます。日本語は発音が極めて少ないので、外国語がうまくありません。
 
 ジャパンエアラインはすんなり言えて有名ですが、オールニッポンエアウェイは知らない人もいるくらい「ウェイ」を言いたくないんです。
 それから、国際化や外国人観光客向けに、オシャレな英語を入れてみたというのなら、バカも休み休み言えと言いたい。
 
 仕事でもないのに自ら外国へ観光や勉強に行きたいときは、異国情緒を味わいたいものです。母国語が通じれば、それは楽ですが、地名や食事が普段と変わらなかったら、ぜんぜんたのしくありません。バロック様式の赤坂離宮を迎賓館にしてフランス料理を食わされてもガッカリですし、日本アルプスなんて日本人が呼んだらヘンですし、東京は「タワー」でエッフェルは「塔」なのもおもしろい。タワーは定着した日本語かもしれないけれどゲートウェイなんて意味もわからないコンピューターオタクしか使わないような言葉ではなく、カッチョイイ日本語にしてほしかった。
 
 けれども、北海道や沖縄で「札幌」とか「那覇」とか無理矢理漢字を当てはめるのは、もっとイヤな気持ちになりますけれど。
 
 これが山手線ではなくて外側の駅ならば「多摩センター」でも「天王洲アイル」でも「品川シーサイド」でも気にならないのだけれど、気の短い東京っ子としては山手線の駅くらいは漢字四文字までにおさめてほしいと願います。山手線も「やまてせん」と「の」を抜かしちゃうくらい、せっかちですから。

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2018.10.29

【助ける価値】

 朝の情報テレビ番組「スッキリ」で、冒頭に北九州市の砂防ダムにイノシシが転落して逃げられなくなったニュースを取り上げたことに、一部の視聴者から非難を浴びたそうです。

 なぜかというと、シリアの過激派組織に拉致監禁されていたジャーナリストの安田純平さんが解放されて帰国するニュースのほうがだいじだということみたいです。

 僕はどちらの事件にもあまり関心がないし、積極的に救う必要もないと思っていますが、たぶん日本テレビの考え方も、勝手に落ちて逃げられなくなって困っている野生のイノシシと、勝手に戦場で人質になって逃げられなくなって困っていたオジサンは似たようなものだから、まだ助かっていないほうを先に放送したにすぎないのでしょう。

 事件を起こした人も獣も、順番に文句を言っている人も、どっちもおバカさんに見えますが、こんなことで盛り上がれるのは、日本がとても平和なんだと思えて、良いことです。

 シリア人質事件自体は解決していないものの、人質が帰ってきたことに単純に喜んでいる家族や国民がいる一方。

 国が渡航禁止にしている場所へ行って事件を起こして、困ったら国に助けを求めるなんて虫が良すぎる。自己責任で解決しろという意見があって、一理あるなと思います。命懸けで取材している人に、そんな酷いことを言うなという人もいますが、レーサーだって工事現場だって化学実験だって原発だって、命懸けで働いている人は大勢いて。命を落としても、事故を起こしても、みんな本人の責任です。

 おなじ危険な職業でも、漁師や宇宙飛行士にくらべて戦場記者は人気がないから競争相手もおらずスクープを狙いやすいのかもしれませんが、自分が人質になって利用されてみるなんてことはあまりないことなので、きっと本を書いて売るのでしょう。物好きな人たちがたくさん買って、救出費用お金を返済できると良いのですが。気骨のあるジャーナリストなら、金額も明るみに出すでしょうから。そこは、ちょっとたのしみです。

 けれども、イノシシは助けたところでお礼も言ってくれないし、山から下りては農作物を食い荒らすし、もちろん救出費用も返してくれません。

 食っちゃえば良いのに。

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2018.07.04

【くやしくないだろ】

 やはり決勝トーナメントでは一回戦敗退となった、サッカーワールドカップ日本代表。

 予選リーグで、わざと負けてリーグ突破を狙うという、姑息な他力本願の博打にでて、見事に本戦に進出した西野監督ですが、幸運はつづきませんでした。

 事件や事故や災害なら、巻きこまれないように逃げるのは懸命です。しかし、勝負の世界では一度逃げたらおしまいです。もう立ち向かえなくなってしまいます。

 日本が二点を先制した時点で、勝てるかも、と思った人がいたようでしたが、僕は思いませんでした。日本が五分で二点入れられるとしたら、ベルギーにもできると思ったからです。それに、まだ時間はタップリ残っています。

 案の定、同点に追いつかれて、ロスタイムには逆転されて負けました。

 西野監督は、もちろんトーナメント戦ですから勝つつもりで挑んだはずです。先発メンバーもそのとおりです。なのに、同点になったあとの選手交代で本田選手を入れるときに、先発で動きの良かったの香川選手を引っ込めることができませんでした。ならば無理に本田を入れる必要はないのだけれど、記念にしてあげたかったのでしょうか。ちょっと、攻撃のリズムが悪くなりました。

 また、勝たない作戦にでたと感じました。

 延長戦に持ち込んで、どちらかを引っ込めるつもりだったのだと思います。相手をあまく見ました。

 点数だけを見れば、惜しい試合をしたのかと錯覚しそうですが、終始攻め込まれていたので一瞬も勝てそうな気配はありませんでした。

 選手はがんばったようですが、勝ちにいかなかった監督の責任です。

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2018.07.02

【勉強しなさい】

 日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題が、監督とコーチの指示だったり、それを隠蔽するために選手や指導者に口止めをしていたことが発覚したりして、いまだに報道が終わらなくてウンザリしますが、これは責任はとるけれど反省はしないという大学の態度が、真面目な庶民の気持ちを逆撫でするのだと思います。

 成績のためなら、どんな手段も選ばないという信条の人は世の中に少なからずいます。悪いことだろうが嫌われようが、目的達成の正しい行為だと信じているのだから反省などするはずがありません。いわば確信犯やテロリストと一緒です。わかり合えない存在です。異物ですから排除するのが望ましいのですが、人のなりをしていると中身がなんであれ人権を主張する心優しい人がいるために、残念ながら簡単に駆除できません。

 可哀相なのは選手たちだと言います。確かに可哀相ですが、それは試合にでられないからではなく、汚い大人に導かれていたことです。一度すっかり、こういった腐った環境からは抜けだしたほうが良いでしょう。

 ところが、部員たちは公式戦出場停止だけではなく、部活動自体が休止中なのか練習もできない状態で途方に暮れているようです。ニュースでは、なにをして良いのかわからず、グラウンド周辺の清掃をしている映像が流されました。なんて情けない若者なのか。なんてくだらない大学なのかと思います。

 彼らは選手であるまえに生徒なのだから、勉強すれば良いのだし、学校は勉強させてやれば良いのです。

 若いときには、なにかに打ち込むことは大切です。

 けれども、他にやることがないなんてことでは、カッチョイイ大人になれません。 

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2018.04.13

【案件案件】

 たいていの国民はだいぶ前からウンザリしている加計学園問題で「首相案件」と書かれた文書があるという記事が出て、首相の関与を決定づけるものだと躍起になっている慌て者が騒いでいますが、どうもウサンクサイ。

 二千十五年四月に学校側と内閣側との面会で、柳瀬首相秘書官が「本件は、首相案件」と発言した記録だというのだけれど。あまり信憑性はありません。愛媛県知事は、担当職員の備忘録だと説明していますが、果たして当時書いたものかは怪しいものです。備忘録なんて、面倒で仰仰しい言い方を最近はしますが、ただのメモのことですから他人は見ません。

 さらに「○○案件」なんて、若い人が得意になって言いだしたのは、ここ一二年のことで、ふつうは「~の案件」と使うし、重要案件や優先案件はあっても案件名に案件をつけたりしませんし、そもそも「案件」なんて口に出してあまり言いません。永田町や霞が関では言うのかしら。「○○の件について」とか「首相提言」「首相発信」なら言うかもしれないし「加計学園案件」ならまだわかりますが「首相案件」だと、もう首相の案件なのでそちらは手を引いてくださいと言われているのかと思いませんか。

 だから、三年前にはすでに若くないオジサン秘書官が「首相案件」なんて言うとは、到底思えません。不自然です。もし本当に言ったとしたら、それが「○○案件」の元祖だと思います。なかなか若者にピンとくる言葉のセンスをしていることになります。

 でなけれは、あとから書いたものなのでしょう。

 朝日新聞は捏造記事の前科がありますから、そのくらいのことはやりそうです。備忘録は公文書でも、書類とも言えないようなものなので偽造したって財務省のようには責められないでしょうから官僚の文書管理の杜撰さにつけこんだヤラセに見えます。

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2018.02.19

【作文】

 電子メールにブログ、ソーシャルネットワークと、猫も杓子も文章を書くようになった昨今ですが、果たして文章がうまくなっているかといえば、あまり上手な人に出会ったことはなく、どちらかというとヘタで誤解することも増えている感触があります。

 手紙を書くのは面倒臭くて廃れたけれど、携帯機器で長文を打つのも煩わしいのでメールやLINEでは端折って短くしてしまい、細かなニュアンスが伝わりづらくなりがちです。ヘミングウェイや志賀直哉がしたような、文章を削ってスリムにする作業とはぜんぜんちがって、ただ時間短縮、思考放棄をしているだけなので、不十分すぎて困ります。

 仕事の指示や御上の命令なら、意味さえわかれば済むことかもしれません。逆に、詳細ではなく情緒や個性や思いやりなんて、ないほうがありがたい。

 けれども、友だち同士の会話でぶっきらぼうな物言いをされるのは、あまり気分の良いものではありません。それが手紙やメールでも、やはり良い印象は受けません。

 印象というのは中身の良し悪し思いの軽重以上にだいじなことがあって、直接の会話でも言葉づかいが悪ければ正しい発言であろうと受け入れられないことがしばしばあります。表情が見えない電話では、より言い方が大切になり、声音もわからない文章になれば、さらに丁寧で親切な作文が必要になるはずです。慇懃過ぎても距離を感じるので、適当なバランスを保つのは経験でしょうか素質でしょうか。

 しかし、上手にしゃべることもむつかしいけれど、書くことはもっと訓練がいります。なのに国語の授業では漢字と読解ばかり教えて、作文や文章表現なんて二の次で、教えられる先生もいないせいで、生徒の向上心も湧きません。

「国語」は「日本語」ではないみたいですけれど。

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2018.02.15

【真意が伝わらない】

 ラジオを聞いていたら、ゲストのミュージシャンがコンサートの演奏や演出で気をつけていることや工夫しているところを話していました。

 なるほどライブはCDやTVで聞くのとはちがって、音だけではなく目から入る刺激も、その場でしか味わえない空気感、雰囲気も大切なのだなと、ファンをたのしませる心づかいに感心していたら、パーソナリティー女性が「こだわっているんですね」と言いました。僕はハッとして、まさかインタビューをしている人が面と向かってそんなヒドイことを言うとは思いもよらなかったので驚愕しました。

 さぞ険悪なムードになってしまうのだろうと、恐ろしさと半ば期待をこめてドキドキしながら聞いていたのですが、その後も和やかに話はつづきました。

 そして気づいたのですが「こだわる」って悪口ですよね。それを、言ったほうも言われたほうも悪くとらえていないどころか、良いことのように使っている様子でした。

 言葉の使い方が、時代や世の中の動きに応じて変化することは仕方ないことだと思います。

 けれども、意味や内容を正反対に使われると、これはひじょうに困ります。話の意図が通じません。

 たとえば「彼は憮然としていた」はショボクレていることですが、濁音の語感からか憤慨しているようにとる人がいます。「初老の紳士」を白髪のおじいさんだと思う人がいます。「地中海風料理」は地中海料理ではありませんという意味で「風」をつけているように、老人ではありませんから「初」ってつけているのです。地中海料理なんてジャンルがすでに意味不明ですけれど。

 普段の会話や子供が言葉づかいをまちがえても正せば良いし拘ることもないのだけれど、放送や活字での誤りは、拘泥します。

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2018.02.10

【辞書の役割】

 岩波書店の中型辞典「広辞苑」が十年ぶりの改訂版を発売して話題になりました。

 広辞苑は、国語辞典に百科事典的要素を加えて、市場占有率と杜撰な解説で有名です。

 今回は新たに一万語を追加したことを目玉にしているようで「日本語として定着した語、または定着すると考えられる言葉を厳選」したそうですが、辞書としての方向性がまちがっている気もします。

 辞書を引くときって、どんなときですか?

 わからないことがあるときや、わかっているつもりでも自信がないときに、不安で調べるのではないでしょうか。と、すると日本語として定着した言葉よりも、ある時期使われていたけれど現在は使わなくなった言葉が載っているほうが便利なのではないでしょうか。

 いまも使う言葉は誰かに聞けばわかりそうなものだけれど、消えてしまった言葉はなかなか知っている人に辿り着かないことが多いものです。そんなときに役に立つのが専門家や辞書です。現代人は使わない言葉でも、本や映画や芸能など、記されたものからは消えません。そして後世のひとも、それらを目にします。

 たとえば「万天伊加」は新明解や明鏡の小型辞書にはありませんが、広辞苑や大辞林にはあります。

 落語のガマの油の口上で「テレメンテイカ、マンテイカ」という節があって、語呂が良くて耳につきます。もとはポルトガル語で、豚の脂。江戸時代、膏薬に使われていました。ほかで聞くことがないにしても、ぜんぜん調べられないと困ります。

 ちなみにテレメンテイカもポルトガル語です。英語でターペンタイン。松精油のことです。僕らは油絵の溶剤に使いますが、現在も塗薬の材料によく使われている、テレピン油のことです。

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2017.11.28

【二人で独り】

 たとえ毎日電車に乗ることがなくても、車内で泣いていたり大声でわけのわからないことを叫んでいる赤ちゃんにでくわしたことは、誰にも何度もあるでしょう。抱っこされていたり、ベビーカーに乗せられていたり、袋に詰めこまれていたり、子供が連れられている状態は様様ですが、一様にグズっていることに変わりありません。

 子供がグズるのは、よくあることです。「赤ちゃんは泣くのが仕事」なんて自分に言い聞かせないとやってらんない人もいるみたいですけれど、まあ泣くことはあります。実際には、笑っていることや眠っていることのほうが、ずっと多いのですが、イヤなことってなかなか忘れられないものなので、しょっちゅう泣いているような気になってしまう人がいるのかもしれません。

 自分の子供が泣いているのさえイヤなのに、他人の子供だったらなおさらイヤでしょうね。

 ふつうは自分の子の泣き声がイヤだとは感じないけれど、赤ちゃんが泣いている理由は完全にはわからないから困ります。それが余所の子だったら、もっとわからなくて、もっと困ります。

 でも、親ならだいたい我が子をあやして泣きやませられます。ですが、中にはできない親が稀にいます。やらないだけだと指摘したい気持ちもわかりますが、やろうと思わないのだから仕方ない。「やればできる」は、やった人にだけ当てはまる言葉。やらない人は、やってもできないのと同じことです。

 いつか、子供を泣かせっぱなしにしている親を見てみてください。たぶん、腕の中の子供の顔をちっもみませんから。少しも誰とも目を合わせませんから。たいてい無表情ですましています。泣き声も視線も気にもとめず意に介さず。親も子も、孤独にどっぷり侵されていて、匙を投げるしかありません。

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2017.11.22

【ボコボコ暴行】

 大相撲の横綱日馬富士が親睦飲み会で後輩力士に腹をたててボコボコにしたら、頭蓋骨の底が折れていて、暴行事件にまで発展する不祥事が起きました。

 発覚当初はビール瓶で殴ったという報道がされましたが、警察の事情聴取や後の取材では、殴った日馬富士本人も、同席した白鵬関も「ビール瓶では殴っていない」と証言しています。

 たまにこういうポイントがズレた報道や発言をする人がいるけれど、なにが大切か、どこが重要かなんて、ほとんどの人が見誤ります。

 ビール瓶でなければ頭蓋骨折するほど人を殴っても、許されるとでもいうのでしょうか。

 例えばこれが試合だとか喧嘩や果し合いなら、一方が素手なのにもう一方が凶器を使ったら、武器は反則だと卑怯者扱いされるでしょうけれど、反撃もできない立場の後輩を一方的に殴ったら、ビール瓶だろうとペットボトルだろうと素手だろうとダメです。骨折させようがさせまいが、ダメです。相撲取だから骨折ですんだものの、ふつうの人なら首の骨が折れて死んでいるところです。

 運動選手に過度な人間性を求めるのは無駄で無意味なことだと、誰もが知っているはずなのに、キツイ練習に耐えてきたというそれだけのことで、人格も立派に磨かれたのではないかと錯覚して期待してしまいがちです。そんなわけないのに。学者だって職人だって懸命に勉強しますが、スキルとキャラはぜんぜん別です。

 それはそうと、ビール瓶にこだわるのは核兵器廃絶運動みたいでバカバカしい。核を積んでいなければ、ミサイルを撃っても良いのでしょうか。「戦争反対」なんて幼稚な夢物語だから、せめて核だけでもという、あきらめでしょうか。

 人を負かすのって、そんなにたのしいですか?

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