恋愛

2017.01.08

素直幻想

 男性に好きな女の子のタイプをアンケートすると、だいたいいつの時代も「素直で明るい子」というのが上位に入ってくるそうです。

「勉強ができてマジメ」とか「美人でオシャレ」とか「ブスでワガママ」などをおさえて人気があるみたいです。たしかに逆の「嫌味で根暗な子」は嫌われると思うけれど、男性が言う「素直」というのは曲者です。

 明るい性格は、きちんと返事や挨拶ができたり、恥ずかしがらずに分け隔てなく人と接したり、いつも笑顔でまわりをたのしませたりと、老若男女問わず共通のイメージを持っていそうなのですが、素直な子となると老若男女バラバラのイメージを持つのではないでしょうか。

 老人が考える素直な子は「ハイ」と良い返事をして、あまり疑わずに言うことをきく子だと思うし。若い子同士だと、勉強でも運動でも絵でもダンスでも、積極的にすぐにできる子をそう感じるかもしれないし。男性からしてみれば、自分の提案や好意を否定せず受け入れてくれる人を想定しているのではないかと思います。

 けれども、当の女の子にしてみれば、相手の言うことすることを鵜呑みにするなんて、ぜんぜん素直じゃないわけです。

 自分のやりたいことはこれ、嫌いなものはキライ、つまらなかったらつまらないと表明することが、自分に対して素直な行動だと信じています。たしかに「素直」という言葉の使い方はまちがっていません。

 けれども、世間が言う「素直な人」は、ものごとを素直に受け止めるという意味で使っているので、常に疑ったり否定したり拒否したりする人を「素直な人」とは言いません。自分が思うのは自分に素直なことかもしれませんが、他人が考えるのは他人に素直かどうかです。まったく反対の意味なので、これは相容れずに擦れちがいます。

 しかし、ここで少し厄介なのが女心というやつで、自分では思ってもいない逆の言動をする面倒くさい女子が、少なからずいるらしいのです。

 うれしいのに文句を言ってしまう。うれしいのに頑なにおごらせない。うれしいのに誘いをことわる。うれしいのにメールの返事をすぐにしない。などなどの、裏腹な行動をとってしまう、ちょっと子供っぽすぎるのか、プライドが高すぎるのか、臆病すぎるのか、自信がなさすぎるのか、自分にも相手にも素直じゃない女子。

 俗に「素直じゃない女の子」とか「素直になれない女の子」と呼ばれるのは、このように相手にも自分にも素直になれないタイプです。「はい」とか「ありがとう」とか「ニコッ」と笑ってしまえばすむ問題です。考えすぎないで、自分の気持ちに素直になれば、すぐにしあわせになれるタイプ。解決も幸福も、すでに自分の中にあるので努力すればなんとかなることで、薬も手術もいりません。本当の自分を探しに、海外旅行へ行く必要もありません。

 ところが、自分に素直で他人に反発する女の子は、手の施しようがありません。すでに本人は、十分しあわせですから。端から見れば、淋しそうでも、不幸せそうでも、ストレスのない自由な暮らしを謳歌しています。

 相手を傷つけたり負かそうとして、意識的に言っているのも、なにが人を不快にさせているのかわからず、無意識に口にしているのもおなじで、気がきかない、思いやりにかけた、皮肉や、嫌味や、文句ばかりの人を好きになる人は、滅多にいません。

 はじめは、素直になれない、照れ屋で不器用な女の子なのかと、やさしい勘違いから猶予を与えられるものの、しだいに、ただの自分勝手で自己中心的な女だと気づかれて、常識的な人は離れてしまい、望まない孤独に陥ります。

 プライバシーに干渉、侵害されるのも気が滅入ることですが、ほんものの孤独や無関心もそうとう辛いものがあるので、自分を改善しようなんて微塵も感じていないのに、本当の自分を探しに海外旅行へ行って、なにも見つからずに帰ってきます。

 自分に素直になれない子と、自分に素直な子の見極めは、初対面ではむつかしい。しかも、男なんてすぐにめげるので、素直じゃない発言も言葉のとおりにしか受け取らず、嫌われていて脈はないし望みもないからあきらめます。

 裏付けのないプライドなんか捨てて、自分の心には素直で正直に生きたほうが得です。意地悪女とまちがわれるなんて、損ですから。

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2012.05.26

二股をかける .

 俳優の塩谷瞬さん(俳優なのか?)が、二股恋愛を指摘されて泣きながらテレビカメラの前で謝っていたのもだいぶ前の話のようですが、いまだにちょこちょこ話題になりますね。なにも泣くことはないのにと、みんなが思ったものですが。
 映画やドラマの中では、えらく演技のヘタな俳優さんなので、あの涙もかなりわざとらしくて演出過多な感じがしましたが。僕の大好きな映画『パッチギ!』では、あのヘタな感じも許せましたけど、メイキングでは死ぬほど監督に怒られていましたけど、井筒監督の演出はヘタな俳優をうまく使います。うまくは見せないのだけれど、映画の演技としてはアリです。しかし、彼の演技で二人の女性をだませるとは思えないので、きっと自然と女性に近づく素質をもっているのでしょう。同級生とかにもいませんか? スッと異性の懐に入れてしまう人。とくに努力も計算もしていないのに。

 こんなことは、世の中にいくらもある話なのに、有名人がやるとワイドショーだけでなく夕方のニュース番組にまで取りあげられちゃってかわいそうです。
 二股は、たいてい悪いことのように扱われますけれど、本当に悪いことでしょうか。
 厭がられるのはわかります。だれしも独占欲はありますから、自分だけを特別に扱ってほしいと願う気持ちは、僕にも、多くの人たちにもあります。おなじ価値のものが複数あると、それぞれの価値は薄れるような気になるのかもしれません。ものの真価はそんなことでは、なにも変わらないのですけれど。

 吟味するということでは、二股も三股も大いにけっこうだと感じます。一股もかけられない男のほうが、ずっと問題があります。もちろん、僕が個人的に仲良くするなら、派手でクズな二股男よりも内気でグズな無股男のほうを信用するでしょうけれど。イイ歳になっても、カノジョの一人もいないような男を見ていると、かなりイライラはします。生まれてから三十年も四十年も、一度も恋人がいないなんていうのは、男でも女でも自分が選ばなかったからという理由よりも、だれからも選ばれなかったという理由のほうが多数を占めているので(アトリエ.アクタ調べ)どこかご自身に改善の余地があるように見受けられます。

 恋愛ではなく仕事や趣味なら、二股も三股もかけてたのしんでいたりがんばっている人は、逆に良いことだと評価されることもあります。
 仕事をしながら学生をしたりして勉強をがんばっている人は立派だと言われます。いくつも趣味をもっている人は、たのしそうだとうらやましがられたりもします。俳優などのタレントさんはお店をやっていたり本を書いたり、反対に文化人の方がテレビにでたりしているのも二股ですよね。僕は美術学校をでているので、友人はたいてい創作をつづけながらも仕事もしています。家が資産家だったり、作品が売れれば制作に専念したいのは山々なんですけれど、しかたなく二股をかけざるをえません。
 塩谷さんのような俳優も、はじめから俳優だけで食っていける人は少なくて、ほかの仕事をしながらということのほうが多いものです。世界チャンピオンになるようなボクサーだって、ついこのあいだまでアルバイトをしていたなんていう話をよく聞きますし、プロがないようなマイナーなスポーツならなおさらです。

 未来に希望をもって、チャレンジすることは良いことだと思います。
 自分が結婚する相手を、多くの選択肢から決めることは正しいことだと思います。

 もともと結婚相手は、人類の数だけ可能性はあるんです。同性同士で結婚できない国が多いので、自動的に半分くらいにはなってしまいますが、それでも壮大です。しかし、個人が一生のうちで出会える人の数なんてたかが知れています。それならうちに籠っていないで、積極的に関わることはとても良いことですよね。
 かなり若く、二十歳にもならないうちに生涯の伴侶と出会う人も、極たまにおりますが、たいての人は一生にたった一人の人しか愛さないなんてことはありません。

 なぜなら人は、好きになる生きものだからです。

 好きになるとしあわせになれるのに、嫌いになるとしあわせになれないからです。なるほど、思いあたりませんか。好きなときは、しあわせだったのにと。心も体も前向きで、健康で健全になるものです。後ろ向きになると、どこかがおかしくなります。人は前へ進むようにはできているけれども、後ろへ進むのはむつかしい。ためしに表へ出て、後ろ向きに突っ走ってみてください。まず転びます。 生まれたときから、お母さんが大好き、お父さんが大好き、ぼくのことわたしのこと見て見てと、こぼれた分が妖精になるような笑顔で愛そう愛されようとすることから練習します。親はバカみたいに「ママとパパ、どっちが好き?」なんて、くだらない質問をしがちですが、そんなのどっちかが好きなわけありません。両方おなじに愛しています。あたりまえです。
 そう、人ははじめから複数の人を、同じように愛することができるんです。それも、極自然に。一度に、たった一人の人しか愛せないほど、愛情の持ち合わせが足りない人のほうが少ないのです。

 もちろん、結婚したあとの浮気はダメですよね。それは不倫ですし、約束ですからね。けれども、結婚するために積極的に行動するのは、良いことだと思います。少なくとも、全くしないよりは良いことです。ああ、もっと恋愛しておけば良かったと後悔しても、十代二十代の恋愛を、四十越えてするのはちょっとテレますでしょ?

 けれども二股はたいがい相手を傷つけますから、良い結果が得られることはあまりないみたいですね。

 相手が傷つくかなんて、恋愛では気にしないものですが、結婚は相手を思いやらないとうまくいかないものです。

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2012.02.11

モテない気持ち

 二月になると、東京は一段と冷え込むものですが、今年は各地で記録的な大雪が降ったりして、ほんとうに寒い日がつづきました。雪が降ったころに比べたら、幾分和らいでは来ましたが、また雪が降ったりするかも知れませんし、日が暮れると急に寒くなるので暖かい格好ででかけましょう。


 暖かいといえば、二月のイベントは節分の豆撒きをしてしまったらバレンタインデーですね。クリスマスに次いで、日本に定着したキリスト教のお祭りだと思いますが。クリスマスには、聖ニコラウスさんが出てきますが、バレンタインデーはそのまま聖バレンタインの日になっています。

 聖ニコラウスにしても聖バレンタインにしても、日本人のほとんどが、いったいどんな聖人だったのかなんてことは、知りもしないし知りたくもないと思いますが、それでも良いです。祭ですから、無粋なことを言うのはよしましょう。
 クリスマスもバレンタインデーも、あまりに恋人たちの日になって、大騒ぎするようになってからはアンチの方たちもだいぶ増えたようですけれど、ひとむかし前はメチャクチャに盛りあがっていましたから、招待されなかった人が毛嫌いする気持ちも、なんとなくわからないでもないけれど、やっぱりわかりません。
 ほんとうは、仲間に入りたいんじゃない? って邪推します。

 日本では、お菓子メーカーと百貨店の戦略で、女の子から好きな男の子、またはまあまあ好きな男の子、若しくはお世話になっている男性にチョコレートをプレゼントするのが定番になっていますが、本来は特に女の子からとも、プレゼントの種類も決まってはいないようです。

 現代の男性は、引っ込み思案が多くてなかなか恋人がつくれないと噂になっていますが、かつては女性が告白する機会のほうが少なかったので、女性から告白してみても良いんじゃないですかと提案したんだと思います。昔の男は、余計なことを言わなくてもどんどん積極的に口説いていたんですかね。

 いまの男の子に自信がなくて、むかしの男の子には自信があったというわけではなくて、たぶん責任感ですね。女の子には声をかけてあげるべし、気持ちを伝えてあげるべし、といったような。
 サービスです。男子は選り好みしちゃいけません。分け隔てなく愛情を配らなければいけません。選ぶのは女性のほうです。たいていの生きもの、鮭でも鶴でも鹿でも、オスはやたらに格好つけてメスに選んでもらうようにできているんです。だから、基本振られる生きものなんです、男は。

 と、いうことは、バレンタインデーはシャイで自分から告白できない男の子にはチャンスです。俺には関係ないね、なんて顔をしていないで乗っかりましょう。
 でも、参加しているのにもらえない人も、中にはいるのかも知れません。
 僕は、自慢になりますが学生のころはモテたので、チョコレートをもらえなかった人の気持ちは全然わかりませんけれど、一枚ももらえなかった人と、一枚しかもらえなかった人と、何枚ももらえる人との間には、どれくらいの差があるのでしょうか。

 やはり、零と一とでは、有と無ですから、月とスッポン、雲と泥、生と死ほどのちがいがあるのかしらん。死を突きつけられるのは、たしかにとんでもないことなので、参加に二の足を踏むのもうなずけます。

 一枚もらうのと、十枚もらうのとでは、大したちがいはありません。その中に、自分も好きな女の子が含まれているかいないかで、立場は変わってきますから。一枚だけでも、相思相愛ならその後はしあわせな日々ですが、好きな女の子が別の男の子にプレゼントしていたら一晩落ち込みます。部屋に籠って、中島みゆきとかオフコースとか聞かないと明日学校へ行けません。
 いまの子は、どんな曲で落ち込むのだろう。失恋しないようにしているから、そういう曲も流行らないのかも知れません。

 ちなみに僕は「渡瀬橋」を聞くと、あのころひとりで渡瀬橋を見ながら渡良瀬川を渡ったのを思いだします。足利市立美術館に展覧会を見に行ったんですけどね。渡瀬橋は、歩いて渡れない橋なんですよ。知ってました? きっと、だれかを好きだったんだと思うのだけれど。

 さらにちなみに、中学生のときにちがうクラスの女の子がチョコを届けに来てくれて、とてもかわいい子だったのですごくうれしくて箱を開けたら「これは義理です」ってカードが入っていて滅茶滅茶落ち込みました。義理チョコ大反対です。義理なんてないし。


 それはさておき、男の子がバレンタインデーに参加するのが、コンパや選挙やマラソン大会に参加するよりもむつかしいのは、参加表明をしても資格がもらえないことがあるからです。しかも、当日までわからない。
 資格を得るには、一年間、日頃の行いを見てもらうしかありません。十四日に、チョコもお花も手紙ももらえなかったら、十五日の朝から、また一年間努力して、男を磨かなくてはなりません。

 男を磨くときに陥りやすい失敗は、男を意識するあまり、女も過剰に意識してしまうことです。男を磨くといっても、自分の良さを伸ばすことで、男も女もじつはありません。
 だから対人では、男でも女でも大人でも子供でも有名人でも無名人でも金持ちでも貧乏人でも、分け隔てなく裏表なく交際することです。もちろん、好き嫌いは良いけれど。自分の嫌いなところ、嫌われているところにも気付けるから。

 男子にとっては、三百六十五日の内の、変わらない一日です。

 チョコレートなので、甘い想い出もあるけれど、苦い想い出もあってちょうど良いのです。

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