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2018年2月

2018.02.19

【作文】

 電子メールにブログ、ソーシャルネットワークと、猫も杓子も文章を書くようになった昨今ですが、果たして文章がうまくなっているかといえば、あまり上手な人に出会ったことはなく、どちらかというとヘタで誤解することも増えている感触があります。

 手紙を書くのは面倒臭くて廃れたけれど、携帯機器で長文を打つのも煩わしいのでメールやLINEでは端折って短くしてしまい、細かなニュアンスが伝わりづらくなりがちです。ヘミングウェイや志賀直哉がしたような、文章を削ってスリムにする作業とはぜんぜんちがって、ただ時間短縮、思考放棄をしているだけなので、不十分すぎて困ります。

 仕事の指示や御上の命令なら、意味さえわかれば済むことかもしれません。逆に、詳細ではなく情緒や個性や思いやりなんて、ないほうがありがたい。

 けれども、友だち同士の会話でぶっきらぼうな物言いをされるのは、あまり気分の良いものではありません。それが手紙やメールでも、やはり良い印象は受けません。

 印象というのは中身の良し悪し思いの軽重以上にだいじなことがあって、直接の会話でも言葉づかいが悪ければ正しい発言であろうと受け入れられないことがしばしばあります。表情が見えない電話では、より言い方が大切になり、声音もわからない文章になれば、さらに丁寧で親切な作文が必要になるはずです。慇懃過ぎても距離を感じるので、適当なバランスを保つのは経験でしょうか素質でしょうか。

 しかし、上手にしゃべることもむつかしいけれど、書くことはもっと訓練がいります。なのに国語の授業では漢字と読解ばかり教えて、作文や文章表現なんて二の次で、教えられる先生もいないせいで、生徒の向上心も湧きません。

「国語」は「日本語」ではないみたいですけれど。

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2018.02.15

【真意が伝わらない】

 ラジオを聞いていたら、ゲストのミュージシャンがコンサートの演奏や演出で気をつけていることや工夫しているところを話していました。

 なるほどライブはCDやTVで聞くのとはちがって、音だけではなく目から入る刺激も、その場でしか味わえない空気感、雰囲気も大切なのだなと、ファンをたのしませる心づかいに感心していたら、パーソナリティー女性が「こだわっているんですね」と言いました。僕はハッとして、まさかインタビューをしている人が面と向かってそんなヒドイことを言うとは思いもよらなかったので驚愕しました。

 さぞ険悪なムードになってしまうのだろうと、恐ろしさと半ば期待をこめてドキドキしながら聞いていたのですが、その後も和やかに話はつづきました。

 そして気づいたのですが「こだわる」って悪口ですよね。それを、言ったほうも言われたほうも悪くとらえていないどころか、良いことのように使っている様子でした。

 言葉の使い方が、時代や世の中の動きに応じて変化することは仕方ないことだと思います。

 けれども、意味や内容を正反対に使われると、これはひじょうに困ります。話の意図が通じません。

 たとえば「彼は憮然としていた」はショボクレていることですが、濁音の語感からか憤慨しているようにとる人がいます。「初老の紳士」を白髪のおじいさんだと思う人がいます。「地中海風料理」は地中海料理ではありませんという意味で「風」をつけているように、老人ではありませんから「初」ってつけているのです。地中海料理なんてジャンルがすでに意味不明ですけれど。

 普段の会話や子供が言葉づかいをまちがえても正せば良いし拘ることもないのだけれど、放送や活字での誤りは、拘泥します。

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2018.02.10

【辞書の役割】

 岩波書店の中型辞典「広辞苑」が十年ぶりの改訂版を発売して話題になりました。

 広辞苑は、国語辞典に百科事典的要素を加えて、市場占有率と杜撰な解説で有名です。

 今回は新たに一万語を追加したことを目玉にしているようで「日本語として定着した語、または定着すると考えられる言葉を厳選」したそうですが、辞書としての方向性がまちがっている気もします。

 辞書を引くときって、どんなときですか?

 わからないことがあるときや、わかっているつもりでも自信がないときに、不安で調べるのではないでしょうか。と、すると日本語として定着した言葉よりも、ある時期使われていたけれど現在は使わなくなった言葉が載っているほうが便利なのではないでしょうか。

 いまも使う言葉は誰かに聞けばわかりそうなものだけれど、消えてしまった言葉はなかなか知っている人に辿り着かないことが多いものです。そんなときに役に立つのが専門家や辞書です。現代人は使わない言葉でも、本や映画や芸能など、記されたものからは消えません。そして後世のひとも、それらを目にします。

 たとえば「万天伊加」は新明解や明鏡の小型辞書にはありませんが、広辞苑や大辞林にはあります。

 落語のガマの油の口上で「テレメンテイカ、マンテイカ」という節があって、語呂が良くて耳につきます。もとはポルトガル語で、豚の脂。江戸時代、膏薬に使われていました。ほかで聞くことがないにしても、ぜんぜん調べられないと困ります。

 ちなみにテレメンテイカもポルトガル語です。英語でターペンタイン。松精油のことです。僕らは油絵の溶剤に使いますが、現在も塗薬の材料によく使われている、テレピン油のことです。

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