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2017年11月

2017.11.28

【二人で独り】

 たとえ毎日電車に乗ることがなくても、車内で泣いていたり大声でわけのわからないことを叫んでいる赤ちゃんにでくわしたことは、誰にも何度もあるでしょう。抱っこされていたり、ベビーカーに乗せられていたり、袋に詰めこまれていたり、子供が連れられている状態は様様ですが、一様にグズっていることに変わりありません。

 子供がグズるのは、よくあることです。「赤ちゃんは泣くのが仕事」なんて自分に言い聞かせないとやってらんない人もいるみたいですけれど、まあ泣くことはあります。実際には、笑っていることや眠っていることのほうが、ずっと多いのですが、イヤなことってなかなか忘れられないものなので、しょっちゅう泣いているような気になってしまう人がいるのかもしれません。

 自分の子供が泣いているのさえイヤなのに、他人の子供だったらなおさらイヤでしょうね。

 ふつうは自分の子の泣き声がイヤだとは感じないけれど、赤ちゃんが泣いている理由は完全にはわからないから困ります。それが余所の子だったら、もっとわからなくて、もっと困ります。

 でも、親ならだいたい我が子をあやして泣きやませられます。ですが、中にはできない親が稀にいます。やらないだけだと指摘したい気持ちもわかりますが、やろうと思わないのだから仕方ない。「やればできる」は、やった人にだけ当てはまる言葉。やらない人は、やってもできないのと同じことです。

 いつか、子供を泣かせっぱなしにしている親を見てみてください。たぶん、腕の中の子供の顔をちっもみませんから。少しも誰とも目を合わせませんから。たいてい無表情ですましています。泣き声も視線も気にもとめず意に介さず。親も子も、孤独にどっぷり侵されていて、匙を投げるしかありません。

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2017.11.22

【ボコボコ暴行】

 大相撲の横綱日馬富士が親睦飲み会で後輩力士に腹をたててボコボコにしたら、頭蓋骨の底が折れていて、暴行事件にまで発展する不祥事が起きました。

 発覚当初はビール瓶で殴ったという報道がされましたが、警察の事情聴取や後の取材では、殴った日馬富士本人も、同席した白鵬関も「ビール瓶では殴っていない」と証言しています。

 たまにこういうポイントがズレた報道や発言をする人がいるけれど、なにが大切か、どこが重要かなんて、ほとんどの人が見誤ります。

 ビール瓶でなければ頭蓋骨折するほど人を殴っても、許されるとでもいうのでしょうか。

 例えばこれが試合だとか喧嘩や果し合いなら、一方が素手なのにもう一方が凶器を使ったら、武器は反則だと卑怯者扱いされるでしょうけれど、反撃もできない立場の後輩を一方的に殴ったら、ビール瓶だろうとペットボトルだろうと素手だろうとダメです。骨折させようがさせまいが、ダメです。相撲取だから骨折ですんだものの、ふつうの人なら首の骨が折れて死んでいるところです。

 運動選手に過度な人間性を求めるのは無駄で無意味なことだと、誰もが知っているはずなのに、キツイ練習に耐えてきたというそれだけのことで、人格も立派に磨かれたのではないかと錯覚して期待してしまいがちです。そんなわけないのに。学者だって職人だって懸命に勉強しますが、スキルとキャラはぜんぜん別です。

 それはそうと、ビール瓶にこだわるのは核兵器廃絶運動みたいでバカバカしい。核を積んでいなければ、ミサイルを撃っても良いのでしょうか。「戦争反対」なんて幼稚な夢物語だから、せめて核だけでもという、あきらめでしょうか。

 人を負かすのって、そんなにたのしいですか?

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