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2017.04.26

【人事】

 悲惨な事件や事故、生い立ちなどを聞くと、悲しい思いになりながらも「自分じゃなくて良かった」と、少しほっとした気持ちにもなっているものです。可哀相だと思うのは、自身に降りかかっていない、人ごとで片づけているからかもしれません。

 地震で家がつぶれたり、醜女に金をだまし取られたり、難病で苦しんでいたりするのを、テレビや活字やネットやウワサで知っても、あまりピンとこなくて、なんとなく自分はだいじょうぶ、安全だと思いこんでいて、親身になれなかったり危機感を抱けなかったりします。

 公明正大にミサイルを撃ちこむ気が満満だと言っているのに、なぜか自分のところには飛んでこないのではないかと高を括って、アメリカや中国がなんとかしてくれるだろうと考えているのか、キチガイの戯言で真逆実行したりはしないだろうと思っているのか、自分も巻きこまれているという感覚が多くの日本人にはありません。

 東北の大地震で家や家族が流されたり、原子力発電所の放射能漏れで住めなくなったりして、いまも避難している人や悲しみに暮れている人だっているというのに「あっちのほうだったから良かった」(今村雅弘復興大臣)なんて笑って言えるのも、自分には関係ないからです。

 たぶん、お金を出すほうの本音なのでしょうけれど、人を集めてテレビカメラの前で言うことではありません。しかも、復興大臣は被災地の立場に立って予算を引き出したり、対策を立てるべきです。町内会の会計報告かのように、事務的に死者・行方不明者数や費用を発表している時点で、嫌悪感しかありませんでしたが。

 大臣として不適格なのではなくて、国会議員としても、いや、人として失格です。

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