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2016.04.15

言ってみるもの

 日清カップヌードルのテレビコマーシャルが、一部の少数クレーマーのおかげで放映中止になったことがニュースになりました。

 歌手の小林幸子さん、作家の畑正憲さん、タレントの矢口真里さん、作曲家の新垣隆さんが、若者に向けてそれぞれの特色を生かした授業を行い応援するといった趣向のもので、だいぶ自虐的なネタも含まれています。小保方晴子さんにもオファーはいったのでしょうか。

 矢口さん新垣さんは、犯罪でこそありませんけれど、大スキャンダルの主役ですから、もともと嫌われ者です。小林さん畑さんにしても、その過剰な情熱の傾け方から、好き嫌いが激しく分かれるキャラクターです。

 小林さんは、もちろん紅白歌合戦の衣装の演出に対するパロディ大晦日のために一年を費やすのだというもの。おもしろいですね。衣装じゃなくて大道具だとか、お金のかけすぎだとかいう人もいますけれど、余計なお世話だし、たのしみにしている人も多いので、自腹でやっていることだし放っておきましよう。

 ムツゴロウさんは「すべては愛」という、らしいテーマ。ムツゴロウさんの愛する対象は人類ではなく動物ですけれど。

 僕は自分以外の生きものは苦手なので、ほとんど見たことがないのですが、小中高と「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」は同級生の間でも大人気で、卒業したら北海道の動物王国で働きたいなんていう子もいました。

 僕は動物が嫌いだけれどムツゴロウさんが嫌いじゃないのは、動物愛護を唱えないからです。ただ単純に自分が愛しているだけで、声高に保護なんて下世話なことをいわないところに、好感が持てます。仔犬も触れない僕には、ぜったいにあんな真似はできませんけれど。

 新垣さんはゴーストライターをやっていたことを暴露して顰蹙を買っただけで、ゴーストをつかうなんて演出としてよくある話で、断りもなく告発まがいのことをするのは、表にでているほうにとってはたまりません。はじめから藤子不二雄とかエラリー・クイーンとかみたいに二人で一人の名前にしておけば良かったのに。佐村河内なんてペンネームなんだろうし、耳が聞こえないなどの様様な工夫を凝らして売りだしていたのだから、新垣さんにも存在を示させてあげるか見合った金額を支払っていれば避けられた事件かもしれません。それでこそ、才能を分かち合うという授業です。

 問題なのは矢口真里で、危機管理の授業です。実際には危機を回避できずに、長い間休業することになりましたから、反面教師ということです。最近少しずつ復帰してテレビにでだしたところでしたが、コマーシャルはまだはやかったかもしれません。しかも「二兎を追うものは、一兎をも得ず」は、かなり攻めたセリフですし。

 事実は、一兎得ているので諺どおりではないのですが、そういうことではなく、世の中にはどうしても浮気は許せないという拒絶反応がある人がいるみたいで、不快だという苦情がちょこっときたみたいです。

 もともとブラックユーモアのコンセプトでつくられた作品だから、頭の悪い人には理解できないのはあたりまえなのですから、おバカさんから電話がかかってくるくらい覚悟していたと思いますが、まさか自粛しちゃうなんて残念です。不快に感じる人なんて極少数だし、番組本編とちがってコマーシャルは見たくない人の目にも飛び込んでくるので仕方のないことなのでしょうか。まるで正しいと勘違いした的外れな苦情のほうが不快ですけれど。そもそもテレビなんてたいていが下品で不快なものだから、はじめから見なければ良いのです。

 こういうことがあると、五十歳前後の男子が思いだすのは、ウルトラセブンの永久欠番です。第十二話「遊星より愛をこめて」に抗議があり、プロダクション側が謝罪し封印されました。しかし、これは放送された作品に対するものではなく、放映から二年後に小学生雑誌の付録の怪獣カードで、登場宇宙人の解説に「ひばく星人」と書かれていたことに目を止めた女子中学生と原爆被害者団体関係者の父親が編集部に抗議文を送ったのが発端になり、あっという間に新聞社や他の被爆者団体に抗議運動が広まりました。

 感情的にならずに、誰かが冷静に作品を見直していれば、カードの解説から「ひばく」という文言を削除するだけで済んだはずです。

 あれから四十年以上経った、二十一世紀という当時の未来になったいまもなお、愚者はおなじことを繰り返します。

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