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2013年9月

2013.09.03

本当の気持ち(再)

【二千三年二月のブログで、アメリカのイラク攻撃を扱っているので、今回と状況が全く同じではないのですが、再録します。】

 先日、渋谷へ行ったら、駅前で演説をしている若人がいました。

 イラクが国連の大量破壊兵器査察に協力的ではないことに憤慨しているアメリカが、武力制裁を加えるのではないかということに対して、批判しているようでした。アメリカが、イラクを攻撃することを反対しているように見えました。

 マスコミ、ニュースやそのコメンテイターの意見も、アメリカの攻撃に反対する意見が目立っています。

 ドイツが早々と「米英のイラク攻撃には、一切関わらない」というようなことを発表すると、日本もそうするべきだという乱暴なニュース解説者もいます。フランスなんかは、戦争大好きで自国もまだ核実験を続けたいくらい(最後にオーストラリア沖で強引に実験をして、世界中から顰蹙を買ったの、覚えていますか?)だから、憎きアメリカに反対なのは当然でしょうけどね。

 たしかに自分さえ良ければ、戦争に巻き込まれなければ、それで良いという考え方もわかります。わかるけれど、ちょっと淋しいような気がしませんか?

 みんなが「自分が」「自分が」って言っているから、この国の景気はいつまでも回復しないのでしょうし。

 彼らの意見はたいてい「戦争反対」とは言っていません。彼らが反対しているのは、アメリカが戦争に参加することに反対しているのです。

 たとえば、イラクや朝鮮が戦争の支度を整えていても、あんなに声を大にして批判されることはあまりないのに、アメリカがちょっと怒るとヨッテタカッテ文句を言いはじめるのは、どういうことなのでしょうか。

 基本的には平和を目指している現在の世界で、侵略戦争を企てたり、テロリズムを行ったりしている国や組織を鎮めようともせず、アメリカを批判していればカッコイイとでも思っているのでしようか。中身はカラッポでツッパッテいるようにしか見えません。対するものがなければ、自分の存在が保てないように見えます。なんか、だいぶ時代遅れだと思います。

 もっと自立して自分の頭で考えて、大きな視野で世界を捉えていけたら良いのに。薄っぺらな演説じゃ、いくら駅前で大音量でガナリたてても、誰も聞いてはくれません。ハチ公前をウロウロしているような奴に言ったって、意味ないし。大使館なり、せめてアメリカ人に言ったら?

 我が国もいま、お隣りの国の戦争に巻き込まれるか、もしくは攻撃をされるかもしれないという不安な予感に覆われています。よね?

 おなかがへったからって、飢えていない国を羨まれても困りますよね。日本はむかし、おなじ過ちを犯しているから、うまく説得できたら良いのに。

 力でワガママを通そうとしているものを、力で征するのもどうかと思うかもしれませんけれど。話が通じなければ、もはや人間同士ではありません。押さえつけなければならないことも、あるのかもしれません。

 日本にミサイルが飛んできたときに、アメリカが知らんぷりしていたら、そのほうが嬉しいですか?

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