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2012年2月

2012.02.11

モテない気持ち

 二月になると、東京は一段と冷え込むものですが、今年は各地で記録的な大雪が降ったりして、ほんとうに寒い日がつづきました。雪が降ったころに比べたら、幾分和らいでは来ましたが、また雪が降ったりするかも知れませんし、日が暮れると急に寒くなるので暖かい格好ででかけましょう。


 暖かいといえば、二月のイベントは節分の豆撒きをしてしまったらバレンタインデーですね。クリスマスに次いで、日本に定着したキリスト教のお祭りだと思いますが。クリスマスには、聖ニコラウスさんが出てきますが、バレンタインデーはそのまま聖バレンタインの日になっています。

 聖ニコラウスにしても聖バレンタインにしても、日本人のほとんどが、いったいどんな聖人だったのかなんてことは、知りもしないし知りたくもないと思いますが、それでも良いです。祭ですから、無粋なことを言うのはよしましょう。
 クリスマスもバレンタインデーも、あまりに恋人たちの日になって、大騒ぎするようになってからはアンチの方たちもだいぶ増えたようですけれど、ひとむかし前はメチャクチャに盛りあがっていましたから、招待されなかった人が毛嫌いする気持ちも、なんとなくわからないでもないけれど、やっぱりわかりません。
 ほんとうは、仲間に入りたいんじゃない? って邪推します。

 日本では、お菓子メーカーと百貨店の戦略で、女の子から好きな男の子、またはまあまあ好きな男の子、若しくはお世話になっている男性にチョコレートをプレゼントするのが定番になっていますが、本来は特に女の子からとも、プレゼントの種類も決まってはいないようです。

 現代の男性は、引っ込み思案が多くてなかなか恋人がつくれないと噂になっていますが、かつては女性が告白する機会のほうが少なかったので、女性から告白してみても良いんじゃないですかと提案したんだと思います。昔の男は、余計なことを言わなくてもどんどん積極的に口説いていたんですかね。

 いまの男の子に自信がなくて、むかしの男の子には自信があったというわけではなくて、たぶん責任感ですね。女の子には声をかけてあげるべし、気持ちを伝えてあげるべし、といったような。
 サービスです。男子は選り好みしちゃいけません。分け隔てなく愛情を配らなければいけません。選ぶのは女性のほうです。たいていの生きもの、鮭でも鶴でも鹿でも、オスはやたらに格好つけてメスに選んでもらうようにできているんです。だから、基本振られる生きものなんです、男は。

 と、いうことは、バレンタインデーはシャイで自分から告白できない男の子にはチャンスです。俺には関係ないね、なんて顔をしていないで乗っかりましょう。
 でも、参加しているのにもらえない人も、中にはいるのかも知れません。
 僕は、自慢になりますが学生のころはモテたので、チョコレートをもらえなかった人の気持ちは全然わかりませんけれど、一枚ももらえなかった人と、一枚しかもらえなかった人と、何枚ももらえる人との間には、どれくらいの差があるのでしょうか。

 やはり、零と一とでは、有と無ですから、月とスッポン、雲と泥、生と死ほどのちがいがあるのかしらん。死を突きつけられるのは、たしかにとんでもないことなので、参加に二の足を踏むのもうなずけます。

 一枚もらうのと、十枚もらうのとでは、大したちがいはありません。その中に、自分も好きな女の子が含まれているかいないかで、立場は変わってきますから。一枚だけでも、相思相愛ならその後はしあわせな日々ですが、好きな女の子が別の男の子にプレゼントしていたら一晩落ち込みます。部屋に籠って、中島みゆきとかオフコースとか聞かないと明日学校へ行けません。
 いまの子は、どんな曲で落ち込むのだろう。失恋しないようにしているから、そういう曲も流行らないのかも知れません。

 ちなみに僕は「渡瀬橋」を聞くと、あのころひとりで渡瀬橋を見ながら渡良瀬川を渡ったのを思いだします。足利市立美術館に展覧会を見に行ったんですけどね。渡瀬橋は、歩いて渡れない橋なんですよ。知ってました? きっと、だれかを好きだったんだと思うのだけれど。

 さらにちなみに、中学生のときにちがうクラスの女の子がチョコを届けに来てくれて、とてもかわいい子だったのですごくうれしくて箱を開けたら「これは義理です」ってカードが入っていて滅茶滅茶落ち込みました。義理チョコ大反対です。義理なんてないし。


 それはさておき、男の子がバレンタインデーに参加するのが、コンパや選挙やマラソン大会に参加するよりもむつかしいのは、参加表明をしても資格がもらえないことがあるからです。しかも、当日までわからない。
 資格を得るには、一年間、日頃の行いを見てもらうしかありません。十四日に、チョコもお花も手紙ももらえなかったら、十五日の朝から、また一年間努力して、男を磨かなくてはなりません。

 男を磨くときに陥りやすい失敗は、男を意識するあまり、女も過剰に意識してしまうことです。男を磨くといっても、自分の良さを伸ばすことで、男も女もじつはありません。
 だから対人では、男でも女でも大人でも子供でも有名人でも無名人でも金持ちでも貧乏人でも、分け隔てなく裏表なく交際することです。もちろん、好き嫌いは良いけれど。自分の嫌いなところ、嫌われているところにも気付けるから。

 男子にとっては、三百六十五日の内の、変わらない一日です。

 チョコレートなので、甘い想い出もあるけれど、苦い想い出もあってちょうど良いのです。

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2012.02.04

やりたいことを、やるために

「やりたいこと、やってるか?」

 AKB48の、高橋みなみさんは言います。
 人はみな、生まれたときには自由です。好きなことを、好きなときに、好きなだけやっても良いようにできています。

 前回の記事でも、やりたいことをやるのは良いことだと書きましたが、それがけっこうむつかしいとも書きました。
 好きなことを生業にしたり、趣味としてたのしんだりすることは一つの方法です。しかし、そういった大きな仕事や作業ではなくて、もっと細かい日常の行動でも、自由を履きちがえている人をよく見かけます。
 自分さえ良ければ、それで良いといった行動を平気でとる人。いたるところにいますよね。

 思いやりがない、想像力に貧しく、考える力が乏しい人です。学校へ行っても、会社へ行っても、遊びに行っても、旅行に行っても、どこにでもいます。残念ながら、これが多数派です。
 路上に、タバコの吸い殻でも、噛んだガムでも、菓子の袋でも平気で捨てて歩き去る、我先に席を取り、当然年寄りにも妊婦にも譲らない、後ろから急いでいる人が来ても道さえ譲らない、順番は守らない、平気でウソをついて他人を騙す人です。

 何人か、顔が思い浮かびましたよね?
 やりたいことをやるのと、やりたいようにやるのとは、言葉は微妙なちがいのようですが、実際には大ちがいです。

 たぶん「他人に、カンケーねえだろ」とか「他人に、メーワクかけてねえ」とか、足りないおつむで考えるのだろうけれど。迷惑ですよ。
 この世に、たった一人で生きているのならば、やりたいことだけやって生きていけるでしょう。もちろん、他人に迷惑はかけませんし。
 しかし、他人を無視した行動は、周囲にバンバン不快な思いを投げかけるので、傍迷惑です。害です。

 けれども人って、独りで生きていてしあわせでしょうか。ひとりで生まれて、ひとりで死んでゆきたいですか?
 そんな生き方なら、いつ死んでもよいでしょう。たぶん、心残りもないし、悲しむ人も一人もいません。明日死んでも、平気です。明日、死にましょう。それが良い。今日よりも、たのしいことなんて、ありませんから。

 それでも、あなたにいてほしい、あなたがいてほしいと願う相手が、たった一人でも、ほんの勘ちがいでもてるのなら、自分さえ良ければ良いなんていう、しみったれた考えは、それこそ昨日歩いてきた道端にでも捨ててきたほうが良いです。どうしても捨てられないなら、厳重に包んで糊を付けて鍵をかけて、奥のほうにしまい込んで忘れてしまいましょう。六十年くらい経って、大掃除をしていて見つけたとしても、こっそり夜中にほどいてみて、ういえばこんなもの持っていたっけと、苦笑いしたら元にもどしておきましょう。

 自分のしあわせなんて、他人のしあわせのうえにあるのだと、自分のことは二の次にできたら良いのに。

 自分本位というとワガママとも言いますが「我が儘」と書くので、自分らしいという意味にとって、悪いことではないと解釈する、ワガママな人がたまにいます。でも、前にも書きましたが、言葉の意味を漢字の意味からとらえるのは、やめたほうが良いです。たいてい履きちがえます。他人を騙したり、説得するのが得意な人が使うテクニックです。トリックです。言葉遊びですから、無意味です。

 ワガママというのは、幼い子供に自我が芽生えたときに使う表現です。
 子供のときを過ぎてから、ワガママだと言われたら、子供っぽい、幼い、未熟だと言われているだけです。大人ではないと言われて喜ぶのは、ピーターパンだけです。若々しいと思われているのでは、ありません。

 人と関わらないで、自然とも科学とも芸術とも、まったく関わらないで生きていくなんて、先ずできやしません。なんでも、自分一人でできているなんて、驕りです。
 身勝手で横柄な振る舞いをしていたら、人にも天にも地にも嫌われます。嫌われるよりは、好かれたほうが良くないですか?

 嫌われるのは簡単だけれど、好かれるのはむつかしいとお考えのあなた。じつは、そうでもないですよ。
 たぶん、ワガママで迷惑をかけている人は、迷惑をかけていることに気づいていないように、嫌われていることにも気づいていないだろうと想像できますが。僕も、そうですから。だけども、きっと自分のことは大好き、ですよね。僕も、そうですから。

 自分を好きなように、他人も好きになれませんか?

 自分をだいじにするように、自然をだいじにできませんか?

 自分を尊重するように、科学を尊重しませんか?

 自分を愛するように、芸術を愛せませんか?

 できますよ。好きになる気持ちは、もともと持っているのですから。もっと、周囲を敬えるはすです。もう少し、謙虚になれるはずです。ありがとうって、言ってみましょう。
 みんなも、あなたが好きですよ。

 そう、AKB48は全員で、こう言ってからステージへ上がります。

「いつも、感謝!」

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