« キムタク人気 . | トップページ | やりたいことを、やるために »

2012.01.27

モノサシ

「しあわせの基準を決めろ」と、立川談志さんは言いました。

 僕は、ひとりっ子故か、または絵描きの性質なのか、競争心が滅多にありません。他人にあまり興味がないので、他人と比べることをあまりしません。自分と人とを比べないだけでなく、人と人とも比べません。人それぞれ、ちがいますからね。ちがうものを、おなじ基準で比べるのは困難です。面倒くさいので、しません。

 しかし、世の中には負けず嫌いな人も大勢います。
 スポーツ選手は、勝負の世界に生きているから、負けず嫌いな性格のほうが向いていると思います。大袈裟に言えば負けは、死を意味するわけですからね。本人が満足のいくパフォーマンスができたとしても、試合に勝たなければ生きていけないので、どうしても勝ちにこだわらなければなりません。ただ、自分の仕事ではないもの、たとえばトランプをしたり、ギャンブルをしたとしても、すぐに熱くなって勝ちたい気持ちを強くもつのだろうと、容易に想像できます。僕はこれが、ちょっとニガテ。

 オフシーズンに、テレビ番組で芸能人などといろいろなゲームをしているのを見ても、かなり熱くなっている人は多いようです。画面のこちら側にいたら、うっとうしいですね。

 僕は、小中学生のときに水泳をやっていて、それなりに速くて学校の代表になったり、東京都の大会にも出場したことはあるのですが、そのころでもあまり勝負にはこだわりませんでした。
 泳ぐのは大好きだけれど、練習はあまり好きではないし、試合はもっとキライでした。練習しないわりには、まあまあ良い成績でしたが、優勝したいとかオリンピックを目指したいと思うことはありませんでした。もっと小さいころから、絵を描いたり粘土をいじったりマンガを描くことのほうがさらに好きだったので、一番ではないものには必死になれなかったのでしょう。なんにでも、必死で一生懸命になれるのも、すごいことだとは思いますが、うらやましくも、見習おうとも思いません。

 どうも、いつでも懸命な人や、常に真面目な人がニガテなのは、評価を外にゆだねているように感じるからかも知れません。他人に勝つことで自分の価値を見出したり、仕事に値段をつけたり、休まなかったりすることは、自己満足ではなくて、たいがい他人に誉められたいとか認められたいという気持ちが働いているように感じます。ですよね? と、尋ねれば、たぶん「ちがう」とみなさん仰るのでしょうけれど。そう見えますよ。

 試合がなくても、歯を食いしばって練習しますか?

 お金がもらえなくても、全力で働きますか?

 仕事や学校は、どうして毎日行くのですか?

 とはいっても、誉められるのは気分が良いものです。僕も誉められるの大好きです。けれども、残念ながらそんなに誉められた覚えがありません。
 たぶん、人並みには、若しくはそれ以上に誉められて育ってきたのかも知れませんが、誉められたことはそのときに喜んで、あとは忘れてしまったほうが良いと思うので、いちいち覚えていません。

 誉められたことを基準にしてしまうと、それは自分で決めたことではないので、よくわからないのではないかと思います。やりたいことをやっているのか、やるべきことをやっているのか、はたまたやらされているのか。

 やりたいと思ってはじめたことでも、つづけていくことは案外むつかしい。仕事にするのは一つの手だけれども、いったい仕事がしたいことなのか、お金を稼ぎたいのか、いつしかわからなくなって理想も目標も失って、今日は昨日のコピーのような、明日は今日の繰り返しのような生活になってしまうこともあるので注意が必要です。

 お金を稼ぐこと自体が目的なら、行為はなんでも良いはずなのに、人は贅沢なもので、待遇に不服を持ちがちです。

 しかし、こうしてブログを書いていると、好きで好きでしょうがなく、書きたくて書きたくてしかたなくて発信している人がとてもたくさんいることにおどろきます。
 ブログはもちろん、だれかに読んでもらう前提で書くのだけれど、たとえだれも読んでいなくても、きっとみんな書きつづけるのでしょう。まったくお金にならなくても、ちっとも反応がなくとも書くというのは、ずいぶん純粋な行為で、なかなかステキなことです。

 結果に対する評価とか代替は、わかりやすいけれど、わかりやすいことはつまらない。結果の評価と、人としての価値とは別のものですし。

 金を稼ぐことも金メダルを取ることも、わるいことではありません。むしろ、良いことです。けれども、人もうらやむような、自分の手に負えないほどの財をなしたときに、気をつけていないと、ある日ふと気づけば、代わりに多くのものを失っていることがあります。たとえば、信用だったり友人だったり、とても大切なものがまわりからなくなっているのです。

 もう手遅れになる、独り淋しく死んでゆく、その前に気づいたのならまだマシですが、友人だとか家族なんかを失うくらいならまだマシです。

 ほんとうになくしてはならないのは、自分です。

 しあわせの基準。基準は自分の中にあって、それをズルズルと変えていくのは危険です。変動したら、基準になりませんから。

 若いうちに様々なものを見聞きして、正しく良質なモノサシをつくることが大切です。一つのことに懸命に打ち込んで大人になると、意外とこのモノサシが心許ないものだったりします。肉体や頭脳を鍛えるのは良いのですが、良い心を育みたいですね。

« キムタク人気 . | トップページ | やりたいことを、やるために »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61819/53839594

この記事へのトラックバック一覧です: モノサシ:

« キムタク人気 . | トップページ | やりたいことを、やるために »