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2011.12.15

他人の目

 僕は、なるべくこだわりを持たずに、日々をおだやかに過ごしたいと願っているので、じつは記事にするネタがあまりありません。子供のころから一貫して他人に興味がないので、いつも好き嫌いの話になって申し訳ありません。

 中学校の同期会で、同級生の女子に「アクタが、うらやましいと思ってた」と言われて「どうして?」と尋ねると「アクタは、ひとりでいても平気な感じがしてて、いいなと思ってた」と言うんです。
 学生時代って、女子も男子もグループをつくりがちですから、だいたい目立つグループも目立たないグループもあって、双方の交流は少なくなっていくものですが、僕はどっちとも仲良くて、けっきょくどこにも入っていなかったのでしょうね。

 たしかに、ひとりでいても平気でしたし、文字にすると一匹狼みたいでカッコイイ印象を持たれるかも知れませんが、ただ学校にも友達にもあまり関心がないので執着がなかったのだし、いつも同じ人と一緒にいる意味やたのしみにピンとこなかっただけです。つまりは、ぼんやりとだれとも同じような距離をおいて接していたのでしょう。面倒くさかったんです。

 ところで僕は帽子が好きで、いくつか持っているものを気分や服装で使い分けていますが、帽子をかぶっているとカッコイイとかオシャレだとか言われることがたまにあります。
 けれども、実際は格好つけることにもお洒落にも、ほとんど全く興味がありません。ほぼ、こだわりもありません。
 僕の帽子を指摘されると、帽子は男の身だしなみなので、あなたもかぶったら良いですよと言うようにしています。事実は、ただ好きでかぶっているだけだし、目的の四十パーセントは朝寝坊の寝癖隠しです。

 帽子を勧められると男の人は「似合わないから」と断る人がとても多い。しかし、帽子なんて不自然なもの、たいていだれでも似合いません。僕だって、似合うと思ってかぶってはいません。
 きっと、そう言う人は帽子以外の服や靴やメガネやネクタイは似合っているという自信があるのでしょう。
 日本人にジーパンや背広や、ブーツやミニスカートが似合うとは思えないのですが、そこは気にならないのでしょうか。たぶん、みんながしていることは平気なのだけれど、自分だけがするのは恥ずかしいという気持ちもあるのでしょう。それが逆にダサイファッションだと気づかないで。
 流行ではないのに、オタクがみんな同じ服装をしていたり、競馬場や競輪場にいる老人も同じ格好をしているのがそうだと思います。

 いまは若い人たちに帽子がはやっているけれど、中折れや山高帽のフェルトの帽子をかぶって電車なんかに乗り込むと、けっこう見られているのがわかるときがあります。お茶会に行くのに和服を着て歩いていると、そうとう目立つのもわかります。マントを羽織って早足で歩いているときに、すれ違った親子連れの女の子に「カッコイイ」と言われたこともあります。
 まあ、見たい人は見てくれて全然かまわないと、思えるかどうかなんです。他人の目を気にする人は、ここで恥ずかしいと感じてしまうのです。恥ずかしいことは、やりたくないのでやめてしまいます。

 けれどもですよ。けれども、他人の目を気にして自分を変えてしまうなんて、つまらないことだと思いません?
 清志郎さんも「他人の目を気にして生きるなんて、くだらない事さぁ」と歌っています。
 だれだって、カッコワルイよりもカッコイイと思われたいでしょうけれど、他人の目は他人の意見ではないので、必ずしもカッコワルイと思われているとは限りません。思わず「カッコイイ」と言っちゃう子供もいるくらいですから。

 しかし、カッコイイと言われるのも恥ずかしい、照れてしまうという人も、世の中にも僕のまわりにも大勢います。
 本当のお洒落は、相手の印象に残らないものだと、英国の紳士などは考えるようですから、他人に感想を持たれること自体が恥だという考えもあるかも知れませんが、なにもそこまでカッコつけなくても良いのではないかと、僕なんかは思います。

 僕は格好つけることに興味はないのですが、格好つけない方がカッコイイと思っています。
 禅問答みたいですが、つまらないこだわりはカッコワルイということです。
 カッコイイ服装は、格好つけてるみたいだと思うのはまちがいです。カッコイイ服とカッコつけた服は、別もの。わざわざダサイ格好をすることはありません。
 きっと、自意識がありすぎて他人のこともすごく気になるのだろうけれど、そんなにみんな他人のことなど気にしていないと思いますけどね。

 僕は四十歳ですが、いままで自分で服を選んだことは二十着もないくらいです。この間買った、山高帽も妻に選んでもらいました。自分が気に入ったものだと、たぶん似合わないんで。シャツがほしいなとか、帽子がほしいと思っても自分ではまず決めません。全然自信がありませんから。他人が良いと言う方を買います。

 自意識過剰な人は、他人の目は気にするくせに、他人の意見は聞きません。妙なこだわりがあるので、まわりが似合うと言っても受け入れず、もしもそのとおりに購入しても箪笥の肥やしにしてしまいます。服装だけじゃなく、食べものでも行楽でもなんでもかんでも、イヤだイヤだが多くて面倒くさい。

 僕は他人の目は気にしないけれど、他人の意見にはけっこう素直です。

 こだわっていること以外では。

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