2017.11.22

【ボコボコ暴行】

 大相撲の横綱日馬富士が親睦飲み会で後輩力士に腹をたててボコボコにしたら、頭蓋骨の底が折れていて、暴行事件にまで発展する不祥事が起きました。

 発覚当初はビール瓶で殴ったという報道がされましたが、警察の事情聴取や後の取材では、殴った日馬富士本人も、同席した白鵬関も「ビール瓶では殴っていない」と証言しています。

 たまにこういうポイントがズレた報道や発言をする人がいるけれど、なにが大切か、どこが重要かなんて、ほとんどの人が見誤ります。

 ビール瓶でなければ頭蓋骨折するほど人を殴っても、許されるとでもいうのでしょうか。

 例えばこれが試合だとか喧嘩や果し合いなら、一方が素手なのにもう一方が凶器を使ったら、武器は反則だと卑怯者扱いされるでしょうけれど、反撃もできない立場の後輩を一方的に殴ったら、ビール瓶だろうとペットボトルだろうと素手だろうとダメです。骨折させようがさせまいが、ダメです。相撲取だから骨折ですんだものの、ふつうの人なら首の骨が折れて死んでいるところです。

 運動選手に過度な人間性を求めるのは無駄で無意味なことだと、誰もが知っているはずなのに、キツイ練習に耐えてきたというそれだけのことで、人格も立派に磨かれたのではないかと錯覚して期待してしまいがちです。そんなわけないのに。学者だって職人だって懸命に勉強しますが、スキルとキャラはぜんぜん別です。

 それはそうと、ビール瓶にこだわるのは核兵器廃絶運動みたいでバカバカしい。核を積んでいなければ、ミサイルを撃っても良いのでしょうか。「戦争反対」なんて幼稚な夢物語だから、せめて核だけでもという、あきらめでしょうか。

 人を負かすのって、そんなにたのしいですか?

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