2017.09.20

【自分で洗いなさい】

 先日ラジオを聞いていたら、アナウンサーが聴取者からのメールを読んでいるときに「心があらわれる」と言ったのに違和感を覚えました。

 これが、藤田ニコルだとか滝沢カレンが言ったのなら、特に気にしないのですが、アナウンサー、それもNHKのアナウンサーのイントネーションがおかしいと、とても気になります。アナウンサーといっても地方出身者も多いので、どうしても訛があって標準的な東京の発音にならないのは仕方ないことだし、共通語と東京弁にもだいぶちがいがあるのでしょう。

 けれども、箸と橋と端のように抑揚のちがいで言い分けて聞き分けている言葉は、なるべく使い分けてほしいものです。

「心が洗われる」と聞こえたので、不審に思ったのです。メールに「洗われる」と漢字で書いてあったのかもしれないけれど。もしや、心は洗われることがあるのかと父親に尋ねたら、洗われてキレイになるという意味だと躊躇なく説明されました。

 たぶん、みなさんの持っている辞書には「心が現れる」は出ているかもしれません。「~洗われる」のほうは、なかなか出ていないでしょう。洗ってキレイになるというのも悪くない表現かもしれないけれど、現れるは、本来の素直で飾らない心の中が示されるという意味なので、こちらのほうが美しい。キレイなのと美しいのはちがいます。

 父親の世代でこんな新語をつくっているのだから、いまでも「マギャク」とか「ウザイ」とか新しい言葉ができてもヘンではないのですが、無知で変わってしまうのではなくて、センスの良い言葉をつくりだしてほしいものです。やっぱり、ゴシゴシ洗われるなんてゴメンです。

 でも、たまに命は洗濯しますけれど。

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